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あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ のし

「枕草子」 紀州人の「枕ノート」By清少納言【和歌山弁】

藪からStick!「枕草子」を紀州弁に翻訳してみる。

國文學wは、マジで苦手なんだけれども。つい出来心でやっちゃいました。ハハハ…

 

 

春は  夜あける 前やいて

ちょっとかいずつ  白なっちゃぁら

山の  はしこい  とこやで

まちっと  明なったら  むらさきのすじ雲

びろ~ん  びろ~ん  やでな

 

 

夏は  夜じょな

お月さんも  出ちゃぁら

暗いとこ  蛍もようさん  翔んじゃぁらょ

ほいて  ひとつ  ふたつ  ぼさ~と

光っちゃぁうの  おもしゃいで

雨ふっちゃうも  おもしゃいよぅ

 

 

秋は  夕方やして

夕日も  山のはじで

烏が吾がとこ  いぬよって

みっつ  よっつ  ふたつ  みっつ  飛んじゃぁらょ

ほいてよ  雁ら  連て

ちっこなっちゃぁらよ

おひさん  沈んだらよ

風の音や  虫の音やら

がいな  ことやいて

 

 

冬は  はよ起きなぁよ

雪 ちょろ  ちょ  降っちゃぁたら

ええ塩梅じょな

霜の白いんよ  ほいて  寒いんしょ

火起こし  あわてらよぉ

ほいて  炭の火もって  歩いてら

てきゃら  ええはなぁ

昼に温なったら  火鉢かて

白い灰だらけやして

おもしゃいことに  なっちゃぁらよ

 

 

紀州弁は不思議な言葉。千年前の雅な古代語が“ママ保存”されているのだ。 

 

少し前から“方言がプチブーム”らしいのだ。土地々々で聴く方言は、日本語の魅力のひとつでもありますが。

しかし日本語の難しさのひとつに“方言が多過ぎる”ことがある、とある外人が言いました。 ふむふむ、そらそうだなぁ…我々日本人でもかなり厄介なハナシだしね。

例えば“鹿児島弁と津軽弁”のふたりが出逢い会話しても、まったく言葉が噛み合わない。同じ日本人とは思えない位、乖離(かいり)している日本の方言。

島国で数千年もの歴史を重ねれば、言語はひとつに集約されそうだが、現実は逆だ。

 

だいたい日本の伝統文化や話し言葉は、中央(京)から地方(田舎)へと伝播してゆく。ひとの流れと共に言葉も伝わり、そして地方詞としてそれぞれの土地に保存される。

であるならば奈良・平安京に比較的近い「紀州、和歌山弁」のヘンテコさの正体は、いったいなんだろう?これは多分、奈良・平安時代から連綿と続いたと云う「熊野詣」が影響を与えているのではないのか。

紀州を訪れた都ビトの“コトバの置き土産”その結果、なのでは?ワタシはそう考えた。紀州弁の大元は古代の“イケてる言葉”だったのだ…そうに違いない。

 

いまに伝わる一例を書き記し、少し考察してみたい。

 

あがら(Agara)

 

例文「あでぇ~あがら、和歌山やしてぇ」

意味[あがら=自分自身のこと]

「私は和歌山出身です」

 

吾が(あが)、我が(わが)、など古代より自人称として。

吾が名は厩戸皇子であ~る」←イイ感じ!

 

あかい(Akai)

 

例文「昼はまっと、あかいやしてよぉ」

意味[あかい=明るい、明るくなった]

「昼にはもう少し明るいですよ」

 

古文「春は曙 やうやう白くなりゆく山際 すこしあかりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる」[出典] 枕草子

 

ある(Aru)

 

例文「海に魚、よーけあるでなぁ」 

意味[ある=いる]

「海には魚が、たくさんいます」

 

古文「昔、男有りけり ならの京は離れ この京は人の家まださだまらざりける時に 西の京に女ありけり その女 世人にはまされりけり」[出典] 伊勢物語

 

うたとい(Utatoi)

 

例文「こえ、うたといことやでぇ」 

意味[うたとい=面倒な]

「これは、うっとうしいですよ」 

 

古文「もとの住みかに帰りてぞ さらに悲しき事は多かるべき しかしかのことは あなかしこ 跡のため忌むなることぞ など言へるこそ かばかりの中に何かはと 人の心はなほうたて覚ゆれ 」[出典] 徒然草

 

こまる(Komaru)

 

例文「あれ、歯になんぞこまっちゃぁら」 

意味[こまる=挟まる]

「あ、歯になんか挟まっています」 

 

古文 「雀の子を犬君が逃がしつる 伏籠の内にこめたりつるものを とていとくちをしと思へり このゐたる大人 例の心なしの かかるわざをして さいなまるるこそいと心づきなけれ」[出典] 源氏物語

 

ずつない(Zutunai)

 

例文「こえよ、ずつないよって、食べられやん」 

意味[ずつない=なす術なし]

「これは美味しくないので、食べられませんよ」 

 

古文「思ひ寝に聞けば  ひしひしと ただ食ひに食ふ音のしければ ずつなくて  無期ののちに「えい」といらへたりければ 僧たち笑ふこと限りなし」 [出典] 宇治拾遺物語 

 

(※まだ該当するコトバあるけども、出典探しが思いのほか大変だった!のでもう止め!-w)

 

清少納言は千年前の立派なブロガー、感じたことを(皮肉こめ)ありていにつぶやく。

 

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枕草子を書く
歴史/藤家の権力闘争の図

 

枕草子が成立したのは、だいたい西暦千年頃。

一条天皇をめぐる「藤原道隆VS道長対決」が決着して、道長一条天皇外戚マウンティング、権勢を欲しいままにしていた頃である。「我世の春が、来たぁぁぁ~!」てか。

 

一方、よくやった清少納言!このビミョーな時代に(…だからなのか?)よく記録したもんだ、偉いね。カンタンに図式化するとこんな感じだった。

 

赤コーナー(道長→彰子→紫式部)⇒【一条天皇】⇐(清少納言←定子←道隆)青コーナー

 

参考/有名な「枕草子」一段 

 

春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の 細くたなびきたる

 

夏は夜 月のころはさらなり 闇もなほ 蛍の多く飛びちがひたる また ただ一つ二つなど ほかにうち光て行くもをかし 雨など降るもをかし

 

秋は夕暮れ 夕日の差して 山の端いと近うなりたるに 烏の寝所へ行くとて 三つ四つ 二つ三つなど 飛び急ぐさへあはれなり まいて 雁などの連ねたるが いと小さく見ゆるは いとをかし 日入り果てて 風の音 虫の音など はた言ふべきにあらず

 

冬はつとめて 雪の降りたるは言ふべきにもあらず 霜のいと白きも またさらでもいと寒きに 火など急ぎおこして 炭持て渡るも いとつきづきし 昼になりて ぬるくゆるびもていけば 火桶の火も 白き灰がちになりてわろし

 

YouTube 

参考図書
枕草子 (岩波文庫)

枕草子 (岩波文庫)

 
枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い (朝日選書)

枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い (朝日選書)

 

 

 

書名について/「枕草子」その“まくら”とは?

 

枕草子」という書名全体についていえば、この作品がこの書名で呼ばれるようになった当時において「枕草子」は一般名詞であった。

枕草子』の執筆動機等については巻末の跋文によって推量するほかなく、それによれば執筆の動機および命名の由来は、内大臣伊周が妹中宮定子と一条天皇に当時まだ高価だった料紙を献上した時「帝の方は『史記』を書写されたが、こちらは何を書こうか」という定子の下問を受けた清少納言が「枕にこそは侍らめ」(三巻本系による、なお能因本欠本は「枕にこそはし侍らめ」能因本完本は「これ給いて枕にし侍らばや」堺本と前田本には該当記事なし)と即答したので「ではおまえに与えよう」とそのまま紙を下賜された…と記されている。

枕草子」の名もそこから来るというのが通説であるが、では肝心の枕とは何を意味するのかについては、古来より研究者の間で論争が続き、いまだに解決を見ない。

(引用ウキペディア)

 

百人一首 六十二番「清原諾子、行きマ~ス!!」

 

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清少納言


清少納言の有名な『 夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ 』このうたは地名“逢坂”と男女の“出会う”を掛けている。

いまで言えば届いたツイートを、気の利いたリツイートでやり返した、そんな感じなのですかね。イイね♡がたくさんつくのだ。

 

さてわたしが思うに、題名「枕草子」の“枕”とは文字どうりの「うたの枕」なのではないかな?そう想うが…どうだろうか。

 

付記/

清少納言は役職名、本名は清原諾子(なぎこ)らしいが確定できない。

※日本語は地方ごとに多様な方言があり、とりわけ琉球諸島で方言差が著しい。近世中期までは京都方言が中央語の地位にあったが、近世後期には江戸方言が地位を高め、明治以降の現代日本語では東京山の手の方言(山の手言葉)を基盤に標準語が形成された。表記体系はほかの諸言語と比べて複雑である。漢字と平仮名、片仮名が日本語の主要な文字であり、常にこの3種類の文字を組み合わせて表記する。(出典ウキペディア)