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磯ノ浦(南海沿線)夕焼けがやたら美しすぎる件【和歌山夕景】

人に逢うたびに「磯ノ浦の夕日の美しさ!」を紹介するのだが、相手の反応は「へ~?・・暇なの?!」てな、感じになる。ホント残念だけどそうなのだね。

スマフォいじりする手を止め、自然を眺めてみよう

意識して観ないと見えないものだってある。

我々は自然に対して普段見ているようで、みえてはいないのだ。

だから“意識して”眺めてみるようにする。

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糸を引くような雲が流れる

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磯ノ浦の夕景

まぁ、現代人は何かとガチャガチャ忙しいからね。海辺りにてぼんやりとする小一時間がとれないらしい。潮騒を聴き浜辺を散歩するだけで少しばかりのストレスは解消できるよ。大切なのは意識して「積極的にぼんやり」すること。

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照りばえて沈む夕日

けれども「そんな暇はない!」言うよねぇ。まったく持って現代人は「心を亡くす」ほど忙しい訳なのか。非常に残念なことですね。なんてことだ。

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淡路島、その背後の四国の背後に入日する

むかしのワタシは、都会のド真ん中で長い間住んでいた。近くには新幹線が走り頭上には航空機が過ぎてゆくようなトホホな場所だった。そんな大都会の片隅には夕方はあっても、“燃えるような夕景”は、とんとお目にかかれなかったね。

毎日がドタバタで心が消耗して、便利だけれども心に負債がたまっていく日々。箱の中にこもっていては気持ちが晴れない。だから意識して休日にはアウトドアを好んだ。

必ず田舎に向かって車を走らせていたな。それはゴルフや釣りや、ダイビングなどであったけれども。本当の目的は自然に心と体を癒されたいと願っていたのだ。

自然を“感じる心”がなければ、大切なモノは見えなくなる。そう想う。

「私の耳は 貝の殻 海の響を懐かしむ」Byジャン・コクトー

 

理屈ではない感性を見失わないように。

 

その他の「朝夕の写真ネタ」です。

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