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法隆寺が好き。これほど謎を秘めた寺院はないからね…『隠された十字架』を紹介します【図書紹介】

秋の夜長にお勧めしたい本「隠された十字架」梅原猛

 

かなり古い本(初版 昭和五十六年)なのですが。ワタシは若い頃、広告代理店にいた。昼休みに先輩とふと歴史の話になり、その流れから「この本を読む事を薦められた」…え~ナゼなんだぁ?

そんな単純な経緯で、新潮文庫版を買ってはみたものの、その「驚愕内容と学者文体」に何だか恐れをなし狼狽え、中途でパタンと本を閉じて書架封印してしまった。そんな過去がありました。

 

「あぁ、若かったねェ」

 

その後、随分たってからふと思い出して、ゆっくりと読んでいった。

 

「恐れる必要など、何も無かったのだ」

 

これは怨霊信仰の“法隆寺論”でしかない。そして「よく出来た小説」なのでした。作者は高名な哲学者ですが、日本史からのアプローチにより日本人の精神を探ろうとした、初期の頃の名著です。

内容はネタバレになるのであまり書けませんが、著者梅原さんが伝えたかった核心とは、何か?

 

古代日本人は、罪無く殺害された前権力者達が怨霊化し、病気や天災飢饉を起こす。それを『祟り神』の仕業と考えていた。時の権力者(身に覚えのある者達)たちはひどく恐れ、何とかその祟りから逃れようとする。

飛鳥時代の「最新の哲学であり科学」でもあった「仏教」の力を用いて太子の怨霊封じを執り行ったに違いない。この法隆寺は『聖徳太子一族の怨霊』を封じるための装置なのである、というところがキモになる。

「私はこの原稿を書きながら、恐ろしい気がする。人間というものが恐ろしいのである。(本文464P)」と述べています。

法隆寺聖徳太子にまつわる「謎解きのテイ」をとりながら、その反射作用で我々日本人の奥底に睡る「闇の精神」を炙りだそうとしたのではないか?そう想われます。さすが切り口が哲学者です。

考古学者でない論考は、新鮮で面白かったのですね。


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何度も読み返し手垢もつき、かなり薄汚れてしまった。いまでも、ずっと書架のセンポジ位置に存在しています。

また、過去の一時期、何度も飛鳥や法隆寺に旅行していました。その時には何時も鞄の中にあった本なんです。もう本がボロボロになった。旅の色々な想い出まで染み付いていますね。

 

秋の夜長には、ピッタリの「知的冒険の本」ですよ。

 

<梅原猛 略歴>

青年期には「西田幾多郎田辺元ら京都学派の哲学」に強く惹かれ、1945年京都帝国大学 文学部哲学科に入学。進学直後徴兵され、敗戦後九月に復学を果す。

最初の論文「闇のパトス」は哲学論文の体裁をとらず不評。二十歳代後半、強い虚無感に襲われ破滅的な日々を送る。ハイデッガーの虚無思想を乗り越えるべく「笑い」の研究を目指す。自己の暗さを分析して「闇のパトス」を書き、その一方で人生を肯定するために「笑い」の哲学を目指す。寄席に通い渋谷天外藤山寛美大村崑などを研究対象として論文を書いた。

三十代後半から日本の古典美学への関心を強め「壬生忠岑『和歌体十種』について」という論文を書く。その後は神道・仏教を研究の中心に置き、多くの著作物を記した。『隠された十字架』での論証、考察は多くの学者を驚かせた。1972年に「第26回毎日出版文化賞」を受賞。

西洋哲学の研究から出発したが、“西田幾多郎を越えるという目標”を掲げ「人間中心主義への批判」を唱える。西洋哲学者信奉者が多い日本の哲学界で、異色の存在である。

 

~作品紹介~

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

 

 

例えば「隠された十字架」をたずさえ、法隆寺を訪れてみてはどうでしょうか?そして観光客が引けた夕方頃。ベンチに座って茜に染った五重塔を眺めれば…きっと「アナタの心に響くもの」があると思いますよ。 

見上ぐれば 鐘が鳴るなり 法隆寺

 

おまけ動画/美しい法隆寺の紹介です。日本人の琴線にふれるお寺。

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(1700文字)