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新たな情報はいったい、いつどこで?!『日航123便 墜落事件』Tips 集【航空機 事件簿6】

ネト上に散らばる情報や、また書籍など眺めていると、やがて「あるひとつのこと」を指し示していることに、気付くこととなる。しかし、結論を急ぐ前に「まだ検証すべきことあるのではないか?!」そんな考えにもなる。さて…

日航123便墜落事件について言及している「YouTube&Tips」

 

▷Tips1、日航123便 墜落事件「アシタノワダイ」リターンズ

(2019/07/07)

 

▽数年前より、ワタシはYouTubeの「アシタノワダイ」ヘビーリスナーだった。アンタッチャブルな「時事ネタを取り上げる良き番組」ですね。たまに「ハズしているよな」ネタあるが…まぁ、ご愛嬌てやつか? オススメ。

youtu.be

動画内容に、少しだけ解説を加え補完して行きます。

▽救援に携わった「元米軍中尉の証言」はこちらです。

minminzemi81.hatenablog.com

続きまして動画中に登場した、外国であった「とても怪しい航空機事故」の話です。どちらも「軍の関与、撃墜疑惑」が濃厚ですね。

 

<トランス・ワールド航空800便 墜落事故について>

 

○1996年7月17日午後8時19分。「ボーイング747、TWA800便」は、アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港を「大幅に定刻遅れ」にて離陸した。

その12分後にイースト・ハンプトン沖合で15,000ft(約4,600 m)上昇中に突然、爆発・墜落した。事故の第一報は、近くを飛行中していた「イースト・ウインド航空507便」より管制に、すぐ連絡が入った。

○爆発時に突然「機体底部に巨大な穴」が空き、そこからの亀裂がジャンボ機を一周して、二階デッキを含む機体前方部が切り落とされ、乗客を乗せたまま落下した。

機体後部は、操縦席を失いながら十数秒間そのまま急上昇し続け、エンジンが停止してから緩やかに降下を始めた。さらに墜落中に、左翼が破断して海に急落した。

この壮絶な墜落事故により、乗員18名乗客212名、計230名全員が、死亡した。

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イーストハンプトン沖で、大西洋に墜落した。

○機体が爆発する前に「ミサイルのようなものが、機体に向かうのを見た」とする“多数の目撃証言”まであった。テロ攻撃の疑い、それらをうけFBIやCIAまで捜査を開始する。

また墜落時には、ロングアイランドの沖合にて「米海軍が演習」を行っていた。それは「電磁波ビーム(詳細不明)」で「ミサイルを撃墜する」という極秘実験だったらしい。

NTSB(国家運輸安全委員会)の事故調査によって、事故原因が発表された。それは『電気配線がショートして発生した火花が「燃料タンクに残留した気化ガス」に引火して大爆発した」との結論だった。

もちろん、この妙な結末に対し異論が続出する。

▽閲覧注意/「TWA Flight 800」想像を絶するような、酷い航空機事故です。

youtu.be

○その後、2013年。「TWA800墜落事件」に関して当時、事故調査にあたった元NTSB職員など、六名の元事故調査官が記者会見を開催し、「事故報告書にまとめられた墜落原因は嘘である」と、証言した。

まさかのNTSB、捏造までやるとはっ…唖然。

(※HAARP兵器による電離層にビーム照射して、飛行体の通信システムを破壊、あるいは電子回路を焼き切る実験だったらしい。それがたまたま旅客機にストライクしたのか…謎)

 

<エールフランス 1611便火災墜落事故について>

 

○1968年9月11日。エールフランス1611便は、コルシカ島からニース行きの国内線として運行されていた。しかし現地時間の午前10時半頃に、着陸しようとしていたニース沖合い40kmの地中海上で、プッツリと消息を絶つ。結果、乗客乗員は全員死亡した。

事故の直前三分前に、パイロットから「トラブルが発生した」と通信があり、また「機内で火災が発生した」とも告げていた。1611便最期の通信は「このままだと墜落する」だった。事故機の残骸は、深さ2300mの深海で発見され、二年の歳月かけて回収される。

 

○事故から43年後の2011年。元フランス軍秘書官ミシェル・ラティが、フランスのTV番組に出演し「あの事故はフランス軍が誤って、エールフランス機を撃墜したのが真相だ!」と驚きの証言をした。

彼は続けて「当時フランス軍は、ルヴァン島のミサイルテストセンターで、“地対空ミサイルの発射実験”を行っていた。古い軍用機をテスト用標的として発射されるようにプログラムしていたが、レーダー探知範囲に入ったエールフランス機に誤って発射された」と語った。

1611便墜落原因は「軍のミサイル誤射だった」というのだ。もちろんこのことを、フランス軍はいまだ認めてはいない。

 

<森永卓郎氏が推している「青山透子さんの本」について> 

 

○生存者の一人である日航客室乗務員落合由美さんの同僚でもあった、青山透子氏は、この「事故」に今なお疑問を抱き、数々の目撃者の証言をもとに考察しています。

▷全国学図書館協議会選定図書/単行本/208ページ/ISBN:978-4-309-02594-0/Cコード:0036/発売日:2017.07.24

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日航123便墜落の新事実

<本書が追求する問題点>

●公式記録にはない「ファントム二機の追尾」の目撃情報。
日航機に付着した「赤い形状のもの」の目撃情報。
群馬県上野村の小中学校文集にある「子どもたちの目撃証言」。
●米軍機が墜落地点を連絡したが、なぜ「現場の特定が遅れ」たのか。
●ジェット燃料火災ではない「遺体の完全炭化」からの疑い。
●事故原因はなぜ「意図的に漏洩」されたのか。
●「圧力隔壁修理ミス原因説」への疑問点。

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ファントムF-4EJ

○上記、問題点については既に知っていました。しかし青山氏はこの目撃証言それぞれについて、綿密に裏をとって廻ったと言いますから、その姿勢には頭が下がります。続編に期待したいです。

 

▷リンク/青山透子氏のブログ「天空の星たちへ」

「日航123便墜落の波紋ー天空の星たちへ」公式ブログ

 

▷Tips2、日航123便 墜落事件「この真相はどうなった? 」

(2019/08/13)

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○つい先日、日航機墜落事故の記事をブログにアップすると、この記事がすぐ「あなたにおすすめ」にあがってきました。

最近のAIさんの仕事の早さに、ビックリですね。過去データ・フィルムも交えながら、現在の国会追究の動きへと繋がる内容となっています。

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自衛隊員が御巣鷹の尾根で収集中

○内容的にはそれほど“間違ってはいない”とは思えるが、森永卓郎氏の喋り口調が…(なんか胡散臭いよ)…その点は、残念ですっ!

 

▷リンク/森永卓郎氏のブログ「森永卓郎戦争と平和講座」

⇒第76回:日航123便はなぜ墜落したのか(森永卓郎) | マガジン9

 

▷Tips3、1952年「もく星号墜落事故」(米軍関与案件)

 

○1952年4月9日、伊豆大島に墜落した航空機事故。乗客・乗員37名全員が死亡した。飛行を運営していたのは「日本航空」だが、当時GHQ占領下で、自主的運行が認められていなかった。

それで航空機の整備と運用は「ノースウエスト・オリエント」で、機長(36歳)副操縦士(31歳)は、米国人。また航空管制官も、オール米国人だった。

▽参考/もく星号墜落事故『風の息』(1982年)

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○マーチン2-0-2型機(N93043)の愛称が「もく星号」と呼ばれていた。この事故は、123便事故と「多くの類似点」があると云われています。大島から伊豆半島にかけては「魔の空域」である、と言えると思います。

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ありし日のもく星号と乗務員(出典ウキペディア)

○航空管制ミス説。(航空通信を、モニターしていた「東京モニター」による通信記録による)まず、もく星号は「館山上空を2000ftで計器飛行、館山南方10分間飛行、高度2000ftを保持し、その後6000ftに上昇する」飛行ルートを採っていた。

○事故調査会の報告書の記述では…「操縦者が航法上に“何らかの錯誤”を起こし」指示された「高度2000フィートで飛行」する。

さらに「なんらかの理由」で、幅16kmの航空路の中心線を北側へ逸脱し、時速200マイルで水平飛行中の機体が、三原山(標高2474ft、約754m)に接触し、墜落した。

なんらか…なんらか…とは?

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大島 三原山 墜落現場

○結局のところ、交信テープのオリジンを、航空管制センター(駐留米軍)が事故調査会に提供を拒否したため、事故の「真相は藪の中」となった。それではこの「なんらかの理由」とは、いったい何なのだろうか?

○墜落原因には『米軍機の関与』が疑われている。それを作家 松本清張が『一九五二年日航機「撃墜」事件』といった小説に書いた。航空機事故ではなく『撃墜事件である』とした。

▽実に興味深い考察を、重ねています。

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一九五二年日航機「撃墜」事件 (角川文庫)

○米人パイロットと米軍管制官の間に、どんな交信がなされていたのか?そして、全員救助の一報(誤報 or 情報撹乱)から一転、絶望の結果となる。

○その情報錯綜する夜間に、米軍はいったい何を画策したのか?犠牲者のひとり「ダイヤ密売の美女」とは、いったい何者なのか?

松本清張先生、最後の作品です。

▷文庫:272ページ/出版社:角川書店 (1994/12/02)/ISBN 10:4041227550/ISBN-13:978-4041227558/発売日:1994/12/02

 

▷Tips4、雫石航空機事故 (自衛隊関与案件)

 

○昭和四十六年(1971年)七月三十日。岩手県雫石町上空、約8500メートルを飛行中の全日本空輸(ANA、ボーイング 727-281型機)と、航空自衛隊の練習機(松島基地所属 F-86F戦闘機)が空中衝突し、双方とも山間部に墜落する事故がおきた。当時の「史上最悪の航空機事故」だった。

○空自の乗員は緊急脱出に成功した。その一方、機体に大きなダメージを受けた全日空機は、空中分解をおこす。その結果、乗客乗員計162名全員が死亡する大惨事となってしまった。

○事故後、当然ながら自衛隊に対して、国民の怒りの声が上がった。制限空域を大きく逸脱し、民間の航空路上で訓練をやり続けた「自衛隊機の過失行為」は、誰の目にも明らかだったからだ。

全日空雫石航空機事故、哀しみのニュース

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○凄惨な事故現場では「鬱蒼とした林の中で、一筋の光がさしている所を目指して行くと、女性の頭が地面に突き刺さって、肩から下が出ていた。先輩と二人で脚を一本ずつつかみ、引き抜いた」盛岡市内 交番勤務警察官 談

「腰まで地面に突き刺さった遺体もあった。暗かったから良かった。明るかったら、手もかけられなかったかもしれない」盛岡消市 防団員 談

 

「もく星号墜落事故、雫石航空機衝突事故、日航機墜落事件」…と続く国内で起きた大きな航空機事故を並べ考えれば、共通点が見つかる。それは必ず「日米軍が関与している」ということ。

  

▷Tips5、日航機墜落事件、残骸(APUの一部)発見「ANNニュース」

(2015/08/12)

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○このパーツは、2015年に東伊豆沖合水深160mで、発見されたものです。なのに、運輸安全委員会は、いまだサルベージすらしないのです。

これはいったい何故なのか?「余程都合が悪いモノ」なのかと、勘繰りたくなりますね。一刻も早く引き上げ、検証して頂きたいものです。

▽パーツの発見場所、伊豆半島、河津東方沖合。

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日航123便 747 APU部品が沈んでいる場所

○『JAL123便の破片が伊豆で発見された。珍事件&顛末』

闇主「見つけたもんはさっさと忘れろ!もうこれ以上、誰にも言うなっ」と、脅迫されたという。いまだに根深いモノがあるようですね。

リンク⇒日航機墜落事故「陰謀説」は終わらない ― 伊豆で破片が発見→隠蔽?目撃者語った真実 - エキサイトニュース(2015/07/02)

 

▷Tips6、エリア116「チャーリー空域」が変更された件

(2019/07/18)

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国土交通省HPより

▽2019年5月17日。オリンピック開催を控え、航空機の急増が予想されています。それを受け、急ぎ変更したらしいが、成田空港への進入経路の高度が上がり、R116海域面積も増えている。コレ、何だよ!

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防衛省HPより

 

▷Tips7、いまの気分は、よし!コレだ『上を向いて歩こう♪』

 

忌野清志郎甲本ヒロト、最強コンビだな。元気が出るよね、ホント素晴らしいよ。上を向いて歩こう!!

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日航123便墜落事故、関連ブログです。ご覧下さい。

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(参考ウキペディア、5100文字、thank you for reading.)