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聖徳太子没後1400年。法隆寺ほど謎を秘めた寺院はないからね『隠された十字架』をご紹介【文藝作品⑩】

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皆さんにお勧めしたい本「隠された十字架」梅原猛

 

かなり古い本(初版 昭和五十六年)なのですが。ワタシは若い頃、広告代理店にいた。昼休みに先輩とふと古代歴史の話になり、そんな流れから「この本を読む事を薦められた」のです…これ、どういう意味なんだろ?

 

そんな単純な経緯で、新潮文庫版を買ってはみたものの、その「驚愕する内容と学者文体」になんだか恐れをなし、狼狽え、中途でパタンと本を閉じて書架封印してしまった。そんな過去がありました。

 

「あぁ、若かったねェ、あの頃は…」

 

その後、随分たってからふと思い出して、ゆっくりと読みすすめていった。

 

「恐れる必要など、何も無かったのだ」

 

これは怨霊信仰の「法隆寺論」でしかない。そして「よく出来た小説」なのでした。作者は高名な哲学者ですが、日本史からのアプローチにより日本人の精神の在り方を探ろうとした、初期の頃の野心作なのです。

 

▷参考動画/『斑鳩の空』映像作家の保山耕一さんが、法起寺を素晴らしい切り取り方をしています。そして、まさにこれは斑鳩の空。

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(※法起寺由来『聖徳太子伝私記』推古三十年622年2月22日、聖徳太子は臨終前に山背大兄王を呼び寄せ、岡本宮を改め寺院とすることを遺命する。現存する日本最古の三重塔は、慶雲三年(706年)に完成しました。茜に染まる塔頭は、とても絵になります)

 

春宵一刻値千金「知的冒険の書」なのですよ! 

 

内容はネタバレになるのであまり詳しく書けませんが、著者梅原さんが伝えたかった核心とは、いったい何か?

 

古代日本人は、罪無く殺害された前権力者達が怨霊化し、病気や天災飢饉を起こす。それを『祟り神』の仕業と考えていた。時の権力者(特に身に覚えのある藤原一族)たちはそのことをひどく恐れ、何とかその祟りから逃れようとする。

 

飛鳥時代の「最新の哲学であり科学」でもあった「仏教」の力を使って太子の怨霊封じを執り行ったに違いない。そしてこの法隆寺は『聖徳太子一族の怨霊』を封じるための装置なのである!といったところが、本書のキモとなります。

 

さらに当時、執り行った「恐怖呪術」とはいったいなんであったか…。

 

その一連の考察過程において、作者は「私はこの原稿を書きながら、恐ろしい気がする。人間というものが、恐ろしいのである。(文庫版 本文464P)」と述べています。何と人間が、おとろしいとは…うん、確かに。

 

作者は法隆寺聖徳太子にまつわる「歴史謎解きのテイ」をとりながら、その反射作用で我々日本人の奥底に睡る「闇の精神」を炙りだそうとしたのではないか?そう想われますね。読み手にグイグイ迫ってくるものがあります。


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さすが切り口が哲学者です。考古学者でない論考は、新鮮でとても面白かった。この文庫本を何度も読み返し手垢もつき、かなり薄汚れてしまいました。いまでも、ずっと書架のセンポジ位置に存在しています。

 

そして、過去の一時期、何度も明日香や斑鳩法隆寺へ旅していたことがあり、その時に何時も鞄の中にあった相棒なんです。

 

それで本がボロボロとなってしまった経緯があります。本には、旅の色々な想い出まで染み付いていますからね。

 

~著書紹介~

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

 

 

<アマゾン読者レビューより> 

『とんでもない本とされていますが、読んでみるととても良い本でした。この本に書かれていることは真実なのではないかと感じました。法隆寺の謎から推理していき、順を追って考えを進めていく本書の進め方は、読み手を納得させます。(中略) 日本書紀は梅原氏が主張しているように、藤原不比等のでっち上げであり、天照大神天皇の権威付けのために作られたお話であり、菅原道真に代表されるような日本の神社の全てではないにしろ、その根源には怨霊に対する恐怖とそれを鎮め、封じ込める呪詛的要素をもった、お墓であると結論付けされます。

この本をとんでも本と馬鹿にする前に、よく読んでご自身で結論付けされるとよいと思いました。日本人は二千年間、現在に至るまで騙されていると思いました』

 

<梅原猛 略歴> (1925年3月20日~2019年1月12日没)

青年期には「西田幾多郎田辺元ら京都学派の哲学」に強く惹かれ、1945年京都帝国大学 文学部哲学科に入学。進学直後徴兵され、敗戦後九月に復学を果す。

最初の論文「闇のパトス」は哲学論文の体裁をとらず不評。二十歳代後半、強い虚無感に襲われ破滅的な日々を送る。ハイデッガーの虚無思想を乗り越えるべく「笑い」の研究を目指す。自己の暗さを分析して「闇のパトス」を書き、その一方で人生を肯定するために「笑い」の哲学を目指す。寄席に通い渋谷天外藤山寛美大村崑などを研究対象として論文を書いた。

三十代後半から日本の古典美学への関心を強め「壬生忠岑『和歌体十種』について」という論文を書く。その後は神道・仏教を研究の中心に置き、多くの著作物を記した。『隠された十字架』での論証、考察は多くの学者を驚かせた。

1972年に「第26回毎日出版文化賞」を受賞。西洋哲学の研究から出発したが、“西田幾多郎を越えるという目標”を掲げ「人間中心主義への批判」を唱える。西洋哲学者信奉者が多い日本の哲学界で、異色の存在である。

 

聖徳太子没後1400年~ 

 

例えば「隠された十字架」をたずさえ、奈良法隆寺を訪れてみてはどうでしょうか?そう、春秋の夢殿ご開帳の日が良い!

そして観光客が引けた夕刻。ベンチにでも座って茜に染った五重塔を眺めれば…きっと「アナタの心に響くもの」がきっとあると思いますよ!

 

『見上ぐれば 鐘が鳴るなり 法隆寺

 

▷おまけ/美しい法隆寺の観光案内です。日本人の琴線にふれる色んな意味で、素晴らしいお寺なのです。それにしても拝観料、高すぎるダロ!

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聖徳宗総本山 法隆寺 / 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内。

○電話0745-75-2555

○拝観料/一般1,500円、小学生750円

○交通/JR法隆寺駅から徒歩15分。奈良交通バス「法隆寺前」8分。

○2021年の3~4月に予定されていた「聖徳太子1400年御遠忌」は、新型コロナウイルス感染状況から延期されました。

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(2700文字、Thank you for reading.Journey to ancient times!)