稲川淳二御大実話怪談の傑作ッ!
西伊豆の海でおこされた声の正体
毎年夏になるとフッとねぇ…思い出す話なんですがね。これも…だいぶ昔の話になるんですよね。私が学生時代なんですがね、学校の学生会が西伊豆に海の家を開いたわけですね。夏の企画なんですが。で、そこへ私は参加したわけなんだ。
当時の西伊豆というのは、今と違ってねぇ…随分寂しかったですよ。で、民宿に行きましたらね、そこのおばあちゃんに、なんだか気に入られちゃったの。元々どうも私、子どもの頃からおじいちゃんやおばあちゃんに、好かれるんですよ。
みんな食事だっていうと、広い座敷でもってね、テーブル並べて食べてるんですが。私は別の部屋でおばあちゃんと差し向かいでおかずも多いんだ。すると、おばあちゃんが「あんたねぇ、夜になってそうだねぇ、夜中2時半くらいに弁天岩行ってごらん。魚たくさん釣れるから。私が釣竿だとかさ、エサを用意しといてやるよ」って言ったんですよ。
じゃあ、行ってみようかなぁと思って。夜に仲間3人起こして4人で行ったんですよね。浜へ出るとまあ当時は、月が雲に隠れると真っ暗ですよ。ぽつん、ぽつんと、遠くに灯りが見えるっきり。海の音が大きく聞こえるんですよねぇ、ザァー、ザザー、ザァー、ザザーっと。で、4人が歩く砂の音。ザ、ザッ、ザ、ザッ、そしてまた月が叢雲からふっと現れると、あたりがうっすらと青白く照らされてるんですよねぇ。

で、弁天岩に行ったんですよ。もう海は真っ暗で、何にも見えないんですが。波がザバァーっとぶち当たると夜光虫がスゥーッと、白く輝いて飛ぶんですよね。一人だったら、おそらくちょっと怖いだろうなぁ…じゃあ、釣ろうかってみんなで釣り始めたの。ところが一向に釣れないんですよね。「おかしいぞ、釣れないぞ」と、言っているうちに一人が「なぁ、悪いけどさぁ、俺眠いから帰っていいかなぁ」って言ったんですよ。もう一人が「俺も。なんだか帰ろうかなぁ」って言うから「何言ってんだよ、夏なんだからさぁ、もう少しで明るくなってくるから」って言ったら「そうかなぁ」とか言っているうちに、また一人が「俺も帰っていいかなぁ」って言うんですよ。で、3人が帰りたいって言うからね、私の竿も渡して、別に喧嘩したわけじゃないんだけど3人が帰っていき、私一人で残ったわけだ。
岩場にゴロンと仰向けで横になって、月が見えたり消えたりしているんですよね。蚊もいないからね別に問題ないし、気持ちのいい風が吹いているんですよね。で、波がザバァーンと打ち寄せている。そうしているうちに眠っちゃったんですね。どれほど時間が経ったのかね、私の頭のちょうど先くらいかな「おい」と、声かけられたんで「え?」っと起き上がったんですよね。でも誰もいないんだ。確かに頭らへんで「おい」って言ったんですよね。周りは真っ白。朝モヤって言いますが、モヤなんてもんじゃないんですよ。本当に濃いんだ。
まだ夜明け前、立ち上がってね、手をグゥーっと突き出すと、指先が隠れるんじゃないかっていうくらい。すごいもんだなぁと思って、海の方を眺めていたら、遠い後ろの方からねぇ「おーい」って声がしたんですよ。なんだろうって振り向いたら、浜の上のところに道があってね、おまわりさんと地元の若い人が2人で「おーい」って言いながら歩いてるんで、朝で気持ちがいいから、こっちも「おーい」って言ったら、向こうがこっち振り向いたんだ。で、こう、手振ったんだ。そしたら2人して「そこにいろ」という感じで私を指差して走ってきたんですよ。私、呼んだ覚えはないんだ。その時にちょうど脱いで岩場に置いておいた、私の皮のサンダルの一つが、ポチョーンと海に落っこっちゃった。これ、けっこう高くて気に入ってたんですよね。で、短パンですからね。そのまま岩場に降りて行って、海に入ったら、ちょうど海面が胸のあたりなんですよ。
で、この海面から、いま自分がいた岩場。そうですねぇ…1メートル7、80センチくらいあるのかな、気づかなかったのですが。この下はね、えぐれているんですよ。ガバッと。そこに大きな海藻の塊がフゥッと浮いているんだ。私の足元にサンダルが沈んでるんで、息止めて潜ってサンダル掴んでスッと上がったら、私が潜ったもんだからその大きな海藻の塊が、ワサッと私の頭の上に来ちゃった。バッと海から上がった時に海藻の中に頭突っ込んじゃったわけだ。
顔にベタッと海藻がひっついちゃって。これが取れないんだ。細い海藻で。ヒョイと上見たらね、私がいたその岩場なんですが、お巡りさんが立ってて、こっち見下ろしてるんですがね、真っ青な顔して震えているんです。なんだろうっと思いながらね、いくらやっても取れないんですよぉ海藻が。これねぇ…海藻じゃなかったんですよぉ…女性の髪の毛だったんだ。私、心中遺体の間に頭突っ込んじゃったんですよね。私の顔の前に向こうをむいた女性の頭があって、髪の毛がペタッとくっついていて、私の顔の後ろに男性の頭があった。お巡りさんはそれが見えているわけですよね、だから震えてたんだ。こっちはそんなこと知らないから、ようやく海藻から抜け出せたと思って、また岩場に戻って来た。
すると、そのモヤの中からね、手漕ぎボートが来たんです。警察官が3人いまして、私がいたところにスゥッと潜っていくから、何してんのかなあと思って見ていると。間もなくしてボートがバックして来た。ぴんと張ったロープの先に目をやると、さっきの大きな海藻が結わいてあるんですよね。ボートはスゥーッと岩場を周って行って、反対側に砂地があるんですが、そこに海藻の塊をすっとあげたんですよね。これなんだろうと思って。
で、手をペタペタペタペタついて、這うようにして見に行ってみたら、その海藻の塊から腕のようなものが4本出てるんですよ。それはねぇ、サツマイモの皮みたいなね、赤みを帯びた紫というのかなぁ、薄い色をしているんですよ、全体的に。そこにジャガイモの輪切りみたいな斑点がいくつもあるんだ。これなんだろう…人形かな?と思った。
お巡りさんがだんだんだんだん集まって来てね、それで。心中死体だってわかったんです。どうやら宿の方に遺書を書いて消えたんで、一晩中探していたらしいんですよね。死亡推定時刻が2時40分って言うから、我々が釣りを始めるほんのちょっと前に亡くなっていたわけだ。となると、私はあの死体の上で一晩寝ていたわけですよね。
そんなことがあったんだなぁと思っていると、お巡りさんが私に言うんですよ「あなたが発見者で通報者ですから」って。「ですからって言ったって、私、発見してないし通報もしてないから」って言ったら「いや、あなたがあの時に呼んでくれなかったら、おそらくこの死体というのは、また沖に流されて二度と見つからなかったでしょうね。あなたがあの時呼んでくれたから、この死体は見つかったんだ。だからあなたが発見者で通報者だ」って言うんですよ、無理に。だからその時は「あぁ、じゃあいいです」って通報者になったんですよね。
まぁ、そんなことがあって、夏が終わったんですよね。秋になったらこの出来事が女性週刊誌に載ったんですよ。読んでみるとなんだか切ない話なんですよねぇ。心中した2人はそれぞれ家庭を持っていた。でも不倫じゃないんですよ。背景には戦争があって…これがまぁ気の毒な優しい話で、もう胸に残ってしまってね。
ただ私ねぇ、その時フッと思ったんですよ。あの時、寝ている私の頭の先でもって「おい」って言ったアノ声ね、あれがなかったら私、起きないんですよね。アノ声一体、なんだったんでしょうねぇ…
ꕀꕀꕀ𓊝ꕀꕀꕀꕀwest izuꕀꕀꕀ𓊝ꕀꕀꕀ
▷推奨曲/老人と海 ⛵
https://youtu.be/WwnZeQiI6hQ?si=bKGKq9HhMptpz0qe
この話はとても昭和情緒があり、怪談なのに何故かシミジミとしてしまう。しかし、少し気になるところもある。民宿ばぁちゃんが「夜中2時半くらいに弁天岩行ってごらん」という特殊な時間指定するくだり。つまりこれ“丑三つ時”なのだね。
(※丑三つ刻/午前2時から午前2時30分頃。太陰暦時代、丑の刻、午前1時〜3時を四等分した内の三番目。陰の気が極まり鬼門が開く刻)
私の知る“夜釣りのリアル”でいえばこれは「一番釣れない時間帯」なのだ。釣れてもゴンズイ、ダイナン穴子とか凡そロクなことにならない。あれぇ…何故だ?とふと違和感を覚えた。「野暮は嫌だよぉ~」とか、言われそうだからこれ以上、言及はやめとく。
西伊豆にはこんな話もある。栄螺の恩返し/昔々ある漁師が網で大きな栄螺をとった。これは高く売れると喜んだのだが、ふと思い返しかわいそうだからと海に帰してやった。その後、その漁師が嵐に遭った。すると光輝く美しい弁天様の化身が現れ、彼を導き救った。漁師を不思議な光で護った。その場所に弁天様が祀られるようになったという。
この実に興味深い弁天岩は…

「松崎海岸の北端に弁天島という高さ30m程の小さな山があります。元々は古代島別名巨鯛島と呼ばれる島で、海岸より橋を渡って往来した小島でしたが、昭和42年に河口を島の北側へ開削したため地続きとなり現在は岬状となっています。99段の石段を登りつめた島頂部には厳島神社が鎮座し、市杵島比売命が祀られており大神は七福神の一神としてその名を弁財天として信仰され、古代から弁天島弁天さんと呼ばれています」(松崎町観光課)
(whispers of the west izu sea.)
#西伊豆#怪談話