
山狂ひ果ての錯誤
奥多摩の根深き山々は、意志の限界を試すが如く、その険しさを秘めている。山を慕う人心は一種烈しき山恋にも似て、一度その感冒に罹患すれば、春季訪れを待つことなど到底できぬ。愛しき人、そこに在りながら寒風の下、じっと耐え忍ぶ愚を、真に山感冒に侵されし者は為すはずなし。
都、新宿住まう老翁K氏(六十三歳)。山恋に病冒され、家を出でしその夜、帰宅能わず。寒風吹き荒ぶ一月十三日。老翁の率爾失踪劇は我ら府庁に、徒ならぬ熱情と冷徹なる論理の衝突を記す端緒と相成った次第である。
座標という名の欺瞞
翌、十四日の卯の刻。K氏の細君たる者より、警視庁に捜索を請うたり。携行電信機の所持を知り早々通信社に位置測定依頼す。微細ながら電波拾いしは、奥多摩町大沢集落の電波塔。奇跡の一点座標が我ら初動を決定す論理、やがて呪縛となりぬ。
山嶽探索隊を三隊に分かち、大沢集落の電波塔より北面蕎麦粒山、鳥屋戸尾根。東面に安寺沢より平石山、本仁田山。南面の石尾根、西面の狩倉山より山ノ神尾根筋へと投入す。皆、絵図面に朱道なき人跡稀な経路なりき。K氏嗜む人跡稀な道程辿るかのよう心配り果たす。
携行電信機の位置特定が示すは、奥多摩町大沢集落の電波塔。微弱ながら電波を拾いし唯ひとつの座標が、我々の捜索全てを決定づけぬ。我々K氏が好んだであろう人跡稀な別経路、即ち鳥屋戸尾根へと全隊投入す。
さりとて、地図上の朱線なき道を老翁狂熱の足跡追うが如く。道に迷う余地なしと思われた石尾根も捜索せしが、何ら手掛かり得られぬ。空手で番所へと戻る。探索隊の論理的敗北は、翌日以降の捜索惰性を予感させるものなり。
細君が持参せし電式計算機内資料には、K氏の山への偏愛、確執が克明に記される。それは我々にして無効な熱情に過ぎなかった。探索隊、再び鳥屋戸尾根へと向かふ。老翁が望みし道程、我ら義務にして辿るため。
五日目の屈辱と傲慢
一月十八日。失踪からはや五日。雪降り積もり生存の可能性潰えしたる。遺されし家内の慙愧の情を想う。隊一部には哀心ありしも、組織としての決断は冷徹ではあった。
山岳探索隊として発見せざる儘、大捜索打切り報となりしは、唯、屈辱に他ならぬ。否、この打切りは探索費膨張せし、現実的論理の前に容易に破綻されしもの。口惜しの心やあらん。
其の後、二月十四日。K氏細君、隊員に持参せし猪口齢糖は若き隊員達にして「三月十四日に迄、我ら見つけたし!」なる甘美幻想をも抱かせしが、情熱が後に徒労に終わること彼らはまだ知らぬ。
五月十六日。若手隊員の挺身たる傲慢をもって岩壁帯を下り、紺色木綿着を発見せしが、それすらK氏の物ではなく。我ら、携行電信機なる近代呪物が示し座標に、欺かれていた事に他ならぬ。
海沢谷にて沈みし御遺体
五月十八日。また細君が詰所を訪れし。そのわずか三刻後のことなり。「すわ海沢谷に何やら沈みし遺体あり」との一報入る。山釣人からの通告である。
捜索したる鳥屋戸尾根とは真逆の方向にて、十粁近くも離れたる水域。これまで探索隊が辿った論理、努力をこの偶然の通報は一瞬にして嘲笑す。
かの現場は釣人も足を入れぬ瀑流帯の淵。遺体、青白き水苔に覆われ、山恋の熱狂もたらしその末路を晒しぬ。左腕は婦人物丸型時計、上着隠しに古式の携行電信機ありや。
K氏細君に電信入れ、期待、絶望、曖昧な瀬戸際に細君立たせたまま一旦電信を切る。案の定、細君より電話は来ぬ。詰所へと急ぐ哀れな肉親の図が容易に目に浮かぶ。
翌日、御遺体はK氏本人と確認せり。K氏、滝をいたく愛でる細やかな趣味延長にて海沢谷に降り、誰とて知られることなく人目に触れぬ深淵に沈む。
四ヶ月、奥多摩の深き水中於、山恋なる病の果て静かに横たわる哀れ老翁。本探索は長時間を要しまた悲結に終わり、骸、細君手元に戻すことに相成りぬ。
本捜索は若き隊員達の矜恃育みしなり。組織に些かの収穫をもって終結した。
山輝く清澄皐月、奥多摩にて。
ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑
(※Hey! daughter, don't fall for a mountain man…これは実際の遭難報告書を小説風にアレンジした)