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あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ ノシ

子供の頃、経験した事象と見事シンクロした『女並通り』(従姉妹シリーズ)【文藝作品⑫】

 

昔むかしのおもひで話を少し

 

子供時代の記憶というものは曖昧となり、何かに記録しておかないとダメだね。ヘタすっと「はいっ、ナッシ~ング!」上書き消去されかねない。ワタシはわりと長期の記憶力は、いい方なんだけど。いや、過去のメモリーすべき風景が、多過ぎるのだった。ネタ繰りするのも大変だ。

 

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白状するが実際のところ、私語りはあんま得意ぢゃない。ましてそれを小文にチャチャと纏めるなんてね、それじゃまるで小学SAYだよ、夏休みの作文みたくなって後々なり読み返し、けっこう自己嫌悪だ。

そうそう作文!夏休みの宿題なんか、八月末、残り三日でラッシュ!深夜まで工作したり、急に七月の天気調べだしたりね…宿題に絵日記があった。それをまとめて片付けようと気づけば、深夜四時なんて経験あった。笑…が、もちろん間に合わず、頭抱えたものだ。我ながらヒドイね。

 

さてさて、あれは八月の終わり頃のこと…夏休み中での出来事だった。

 

夏休み、海釣りでの思ひ出

 

ワタシは、オヤヂのいない母子家庭育ちだった。なので、夏休みは自由なのだが自分のスケジュールは、自身で組み立てねばならなかった。…要するにひと夏中「放ったらかし」だった訳で…放任主義かよっ?!笑

それで夏休みには宿題もせず、河川で釣りばっかしていた。釣れるのは、フナやハゼかギンタとか、たまに見たこともない謎の魚?汽水域なので海魚も混じった。この時すでに、ジジィ釣師ような釣キチぶり。

 

そして友達と自転車こぎ漕ぎ、海へも行った!

さらには、遠征釣行にも行った。凄い行動力だ!

 

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釣り道具一式を抱えて、緑の南海電車に乗り泉州まで。そこに母方の実家があったからだ。旧街道筋に百年位は軽く歴史あろうかという、古い商家の造りだった。すでに可愛がってくれた祖父母は亡くなり、当主は代替わりしていたが。んーそれで母ちゃんは、足が遠のいていたのかな。ま、とりあえず軽く挨拶して。

その家から海岸まで、人気ない裏小路を徒歩三分。歩くほどに磯の香りがど~んと強くなる。低い堤防をヒョイと越えると、随分古臭い石組造りの波止(明治か大正時代のもの?)にでる、その先端よりブッコミ釣りすると、ちっこいカレイやガッチョなどが、よく釣れた。子供的にも気軽な穴場だったんだよ。

(※ブッコミ釣りとは、お手軽な投げ釣り。幹糸に重りを通してスイベルで止めて、その先には釣針とエサがある、シンプルな構成。それをチョイと投げる感じ。飛距離はあまり必要ない)

 

波止場を独り占め。夏の日没までじっくりと釣り続けた。太陽がジリジリ照りつけ、潮風がとても心地よかった。

その釣りの合間、その石波止の横っちょ辺りに、テトラの隙間からドブ川が流れ込んでいたのをみつけた。昭和時代には排水路がゴミ箱代わりだったのか、色々なゴミが河川に流れ込んでいた。それらは、ずいぶん赤みが残るスイカの皮とか、茶色の健康サンダル片方とか、割れた白い陶器とか、ピンクのイチジク浣腸とか、生ゴミ魚の骨、残飯など…色々。

 

いま思えば投棄物がゴチャったカオス状態、ほんとヒドい光景だった。

 

ゴミ観察をひとまずおえて、釣座へ戻る。そして、夕まずめとなった。

 

堤防にパチャパチャと打ち付ける波の音だけが聞こえている。そんな時だった。ふと、ひとの声が聴こえたのは…微かに聞こえる、どっかのバアさんの話し声だった。話の内容まではわからない。

「え、ぇ…?だっ、誰?!」

キョロキョロ周囲を見回したが、誰もいない。続けてまた、ヒソヒソ話と瀬戸物類がカチャカチャと鳴る音も聴こえた。ドキドキした。

 

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「う~ん。どっかで、洗い物でもしてるのかなぁ?」

今度はあたりをよく探したが、もちろん周囲にはひとっこ独りいない…ここは海なのだから。やっぱり自分以外、誰もいなかった。

「なんか変な感じなんだケドな…」

でも、ナニが変なのか小学生の自分には、よく判からなかった。

まず海の沖方から、人の声なんか聴こえるハズはない。いまにして思えば日没間際だった。それなら、その時分には浜風が吹いていたはず。沖から浜へと吹きつける風。だからヒソヒソ声が聴こえるハズないだろ…まぁ、そんな不思議体験をしたのだった。

 

そして、最近のはなし。SNS上にこんな話があることをみつけた。ずいぶん驚愕した!それが『女並通り(めなみどうり)』(従姉妹シリーズ)というお話なのです。実に興味深かった。

 

短いはなしなので以下、要約せずに転記します。

 

『女並通り』

 

『昔から旧いものには魂が宿るという。長い年月を経て魂を得たものは、九十九神とも付喪神※1とも呼ばれ、神のような妖怪のような信仰と、僅かな恐怖の対象にされてきた。

澁澤龍彥※2はそれを日本人の、古いものに対する愛着と畏れの表れだと記している。だが、本当にそれだけなのだろうか。中には、年輪のように記憶を積み重ね、語るようになったものもあると、俺はそう思う。

 

小学生の頃、俺は俗にいう鍵っ子で、中学年になってからは学童保育に通っていた。迎えには近所に住んでいた五歳上の従姉妹が来てくれていたのだが、これが少し変わった人で、一緒に行動するうちに幾つかおかしな体験をすることになる。

歩くだけで汗ばむ暑さも、日が落ちるに従ってだいぶ落ち着き始めた。小学五年の夏休み前のことだったと思う。学童保育からの帰り道、従姉妹と商店街の裏通りを歩いていた。通い慣れたいつものコース。左手は商店街、右手は小川が流れるその小道は、女並通りと呼ばれていた。

 

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夕闇が近づくなか、時おりすれ違う買い物帰りの主婦をのぞいて、あたりには人気がなく、少し離れた商店街のざわめきが聞こえてくるほかは静かだった。石を蹴りながら歩いていると、小川のほうから瀬戸物が触れ合うような音がした。見回したが何も見当たらず、俺は空耳だろうと考えた。

少したつとまた、さっきの音が聞こえた。今度は人の話し声も混じっていた。立ち止まるといつの間にか商店街のざわめきが聞こえなくなっていることに気づいた。また、瀬戸物が鳴る音と話し声。一瞬笑い声まではっきりと聞こえた。見回しても俺と従姉妹のほかは誰もいない。

 

急にあたりの夕闇が濃くなったような気がした。

奇妙な静けさが痛いほど耳に迫る。

 

従姉妹を呼び止め、先程聞いたものについて話した。「ねえ、変な音がしたよ。誰も居ないのに話し声がしたんだ」俺がそう言うと、従姉妹は少しの間、耳を澄ませてから言った。「この川、昔はもう少し大きかったの、知ってる?」また姿の無い笑い声が聞こえた。

「商店街が出来る前はね、民家がずうっと立ち並んでいて、川はここに住む人たちの生活を支えていたの」

沢山の瀬戸物が触れ合う音や、濡れた布を叩くような音もする。

「その頃は炊事や洗濯は、全て川に頼りっきりで。同時に主婦たちのお喋りの場にもなっていてね、だからこの通りは今でも女並通りなんて呼ばれているんだよ」従姉妹はそう言い終わると歩き出した。

 

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俺は離れないよう慌てて隣に並びながら聞いた。

「これはその時の音?どうしていま、聞こえるの?」従姉妹は屈んで、俺の顔を覗き込んだ。

「今はもう誰も使わなくなったのだけど、川は忘れたくないのね。自分を昔頼っていた人たちのことや、その思い出なんかを」そう言って俺から視線を外し、川を振り返って眺めた。俺もつられて振り返った。

その時、川岸で食器を洗い、洗濯をしながら世間話に興じる人たちの姿を、確かに見たような気がした。

俺は何だか懐かしいものに触れたような思いで、それに見惚れた。従姉妹が俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。我に返るともう何も見えなかった。やがて、遠くから商店街のざわめきが、聞こえてきた。』

 

そうかぁ…不思議体験は、自分だけではなかったのだな。ワタシはこの話に、妙に安心したのだ。

 

(※1 付喪神は神様ではなくモノに宿る、いわば怪異の一種。草木や動物や道具でさえも、長い年月たてばモノに精霊が宿り何らかの意志を持つ、といった信仰。『器物百年を経て化して精霊を得てより人の心をたぶらかす。これをつくも神と号すといへり』陰陽雑記)

(※2 澁澤龍彥は、フランス文学者、小説家、評論家。エロチシズムに関する著作が多く、マルキ ド サドの「悪徳の栄え」で、裁判沙汰となり有罪判決を受けた)

 

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(3400文字、thank you for reading.to recall beautiful memories.)