Where the Ravine Goes Silent ─ One.
山の地形は尾根と澤筋、それらが交互に組み合わされ山容が形成されている。尾根上についた登山道を辿りながら、山頂を目指すのが一般的な登山である。
その一方、この登山道から離れ谷筋や澤地、水量多い渓流や滝を遡行しつつ源流域を目指すのが「澤登り」。泳ぐ、岩登り、滑り降りなど全身筋力やバランス感覚、持久力も自然と鍛えられる。

澤音の届かぬ場所(Part1)
これは山仲間、チキンでビビりなたかしから聴いた話だ。彼はそれなり登山歴があるが、相棒の彩乃もかなり踏破歴ある“ツワモノ女性”だった。
あれは真夏日の出来事である。うだるような都会の暑さより逃げだし、草深いK半島K川水系の豊かな清流へ澤登りに出かけたという。
クルマで仮眠し、早朝から入渓した。
「水がメッチャ冷たぁい─!」
「やたらヘン虫が多いなぁ…」
「蛭!昼にひるッてェ!」
などと盛んに文句をたれながす。しかし慌てず騒がず?バチャバチャ澤登り珍道中を楽しんだ。川面を渡る涼風がそっと顔を掠めてゆく。
そして最終目標であった源流域にある「大瀧」も難なく登り切った。ここで来し方、風景を眺めながら達成感にしばらく浸っていた。
「凄い風景だな…ここは…
まるで原始林やんな※」
そう、ここまではとても順調だったのだ。
澤クライミングというのは、登るよりも降るほうが遥かに危険度が高くなる。そのためガチャ装備も増えるものだ。出来れば目方減らしたいだろう。
特に雨上がり翌日は水嵩が増しより危険となる。ツルツル滑る壁面を直登したならラペル(懸垂下降)はせず、崖上を遠巻きしながら、ゆっくり戻るのが安全セオリーとなる。
たかし達もこの大滝の釜、そのフチをぐるり大迂回し、スタート地点迄いち早く戻る算段をしていた。澤筋近くに路駐したクルマまで、澤音を耳で確認しながら道無き斜面をガサゴソ薮漕ぎ始める。
しばらく踏み跡すら無い緩斜面が続く。篠藪の先に突然、大問題が発生した。それは前方進路を塞ぐように崖崩れ痕があり、これを無闇に突っ切るのは相当無謀に思えた。
「これは一旦、戻るしか…どうかな?」
地図を眺めながら、チキンなたかしが言う。水音が聞こえない所まで澤から遠ざかると、今度は道迷いの危険性が増してゆくことに繋がる。これが一番の悪手だ。沢筋から離れてはいけない。
「モチロン。戻りましょ」とアッサリと彩乃。
ならば川筋向こう側から戻れないか…?とか、危険性低そうな別ルート探索してみるか…?暫し検討してみたが、どうやら安全ルートは無さそうに思えた。
「逆方面も探ってみよか」
そして何よりも問題だったのは、ルートファインディングで無駄な時間を空費していると、深山渓谷のさなか、陽が暮れてしまう危険性である。
実はそれだけは絶対避けたい事情があった。澤登りに不要な「ツェルト、コンロ、ヘッ電、食料」の類は一切、車内に置きっぱしてきたからだ。
さんざん周囲を彷徨き廻った挙句、こうなったら最初の「崖崩れポイント凸してみるか─?」となった。またもや元のルートに戻る無駄足に終わる。
(※原始林とは伐採や開発などが一度も加えられたことがない、自然の力だけで成長する森のこと。草木が長時間かけ世代交代繰り返し、それ以上は種類が変わらない「極相という安定状態」に達した森林)
ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑
そこで突然─チリン、チリンと音が遠くから聞こえる─熊鈴か─?眺め回すと…薮の中より現地民らしき男女二人組がのっそり登場した。
たかしがそのチリンチリン二人組を現地民と即断したのはその服装が山登りするものではなく、随分変わった白装束だったからだ。
(一瞬“山の民”という言葉もたかしの脳裏にうかんだ。いやしかし、あれはネットミームだと否定)
そして、こんな山奥にも住む人々がいたことにも驚いた。ここで道を尋ねるチャンスを逃してはならない。たかしはかなり慌てて声をかける。
「ぁ…こんにちわぁ─!」
「あの~すみませぇ~ん!」
何とも間の抜けた声で矢継ぎ早に声を放つ。彼は“とにかく明るい登山者”を演じた。これは山登り習慣、人と出会えばまず挨拶交わすのがセオリー。
こんな道無き深山で突然、見慣れぬ奴に遭遇すれば不審者も同然なので極力愛想良く振る舞わないと、アッサリ逃げられるのだ。
「このお近くにお住いの方ですかぁ─?」
所が…である。たかし渾身の全方位無駄な笑顔振りまき型営業丸出し挨拶にも、現地二人組の反応はサッパリ反応が見られなかった。
その二人組の空気やたらドンヨリと暗かった。崖斜面の辺りを、男が先頭に歩き登ってきたところで、鉢合わせの形でいま立ち止まっている。
この二人はずっと俯むいたままノロノロとゆっくり歩き、普段だったら声をかけるのも憚られる位の暗黒世界の雰囲気を纏っていた。
「こりゃ、まるで葬式だよなぁ…」と呟く。
たかしは道を尋ねる絶好のチャンスだったので、この機を逃すまいと、さらにテキトーに笑顔振りまき型の言葉を継いだ。
「あ、ぁの~待って!そんでねッ、ボクらは山登りに来てまして。お約束の道迷いですわ𐤔県道へはドッチ行けば、エエのです…やろかぁ?!」
語尾はずいぶん間抜け声になった。なのに暗闇男、やたら低くブツブツブツと何やら呟き、それが全く聞き取れなかった。そして突然スゥ─と指伸ばす。岩陰の先に続いている笹辺りを指さした。
「あッ?へぇ─?そっちですかぁ。
ありがとうございますぅ~!」
そして、そのやたら陰気な二人組は自ら指さした方向の笹道に向かって、相変わらず俯むいたままノロノロと行進して行ったのだ。
そりゃ、そうか。現地民がフラリ来れる場所なんだから県道も近いのだろう。顔を見合せ「良かったぁ助かった!」と、たかし達はひと安心した。
あの陰質二人組から少しだけ離れて、その後追いして行けば、問題なしと思った。この時点で先程迄のヒリついた焦燥感はなく、たかし達はすっかり安堵感に包まれている。
いや違った。ひとつだけ妙に気になった点があったのだ。薄暗い二人組の片割れその女性。それまでずっと俯き無言だったのに、我々の目の前を横切り過ぎる瞬間「……ぐふっ」と、これまた超絶陰鬱に失笑したのだ。これには嫌な気分になった。
─が、しかし。これで深山迷宮から脱出できるッ!その気持ちのほうが余りにも強く深く考えなかった。そうこうしているうち、現地代表組が岩陰をスっと曲がって行ったのを見送った。
「ほなワイらも。そろそろ行きますかぁ─!」
わざとテンポずらし、たかし達も二人の足跡を追った。所が…またもや…そこで異変が起きた。たかし達がその岩陰を曲がってみたら、すでに先ほどの沈鬱二人組が、何処にも見当たらなかった。
なんですと~?ここは決して見通しよい場所ではないが、さっきのノロノロ蝸牛ペース暗闇二人組が、見えない距離まで藪漕ぎ出来るものなのか…?
疑問に思いながらもたかし達は薮を進む。自分達のペースのほうが明らかに速いのだし、いずれ二人組に追いつくに違い無いのだから。
そう自分に言い聞かせるように、足早に道なき道をドンドン掻き分け進み続ける…小一時間ほどで、たかし達は無事にジャリ道へ辿り着いた。
「いやぁ~良かったにゃ、彩乃。
無事生還やん─!」ハイタッチ!
たかし達は顔を見合せホッと安堵した。
でも矢張り気になるのは、あの陰湿二人組のことである。急斜面を縫うよう辿って来たので、その途中のどこかへ登ることも、下降することも恐らく出来なかったはずだ。
しばらくその場で留まって待っていたが、あの陰鬱二人組に二度と出遭うことはなかった。
未舗装道をトボトボ歩きながら「あの薄暗い二人組は、なんだったのだろうか─?」と話し合っている。そこで彩乃がポツリ言う。
「そういえば、ねぇ…あの人達
何処から来たのかしらね?」
そうだな。よくよく考えてみると…たかし達が根暗二人組と突然出会ったあの笹藪。コミュ障の二人組は、山の下側より登って来ていたハズ。
あの場所はベテラン&山装備の自分達でさえ躊躇して「ココを渡るのは最終手段にしよう」と一旦棚上げし、引き返した崖崩れポイントだった。
他に歩けそうなコースはなかったよな。あの白装束でノロノロ蝸牛二人組が、そんな場所を難なく登って来れたのだろうか…変だな?
「そうだ…足音していなかった」と、彩乃はまた怖いこと言った。歩けば深い薮が衣擦れの音をたてるものだ。それでは一体なんだったんだろうか?
山獣か─?
天狗か─?
K澤にも夕暮れが迫って来た。
その日のたかし達の澤登りは、いつもより肝が冷ぇ~冷ぇ~な納涼となりました、マル。などと、カキコすりゃ普通の怪談話だが。
実はこの話─さらに驚きの展開が
あったのでした…(次回に続く)
ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑
▷推奨曲/Stand by me, Stand by you.
https://youtu.be/Zy_KuTFwot4?si=1-TqU8zPwJnJDyrN
▷推しブログ/大峰山の澤登り遭難
https://minminzemi81.hatenablog.com/entry/2021/10/15/150000
(What's happening in this quiet gorge?)