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最高傑作!🎥 第15作『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』見どころ三選【大好きな映画⑪】

第15作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」街宣ポスター


男はつらいよ 寅次郎相合い傘』みどころ三選

 

まずはコレ!その⇒抱腹絶倒「寅さんメロン騒動記」の巻

 

寅ファンに、「抱腹絶倒シーン」と高評価される「メロン騒動」ネタです!

まず、この話の前段として。

寅さんが青森、北海道で蒸発サラリーマン兵頭氏の世話をした。その兵頭(船越英二)、リリーと三人一緒に楽しく北海道放浪旅を果たした。

それでそのお礼にと、兵頭氏より高価な「マスク🍈メロン」をもらったという経緯があった。なので基本「メロンの所有権は寅さん」にある。

保管場所はとらやの冷蔵庫だから、管理責任者はオバちゃんとなる。そんな状況でスタート。

ひょんなことから北海道旅した三人組

さて「とらや一家&リリー」が、茶の間で遊んでいます。この時、なぜか寅さんは外出中。おばちゃんは冷蔵庫を覗き、メロンを取り出した。

オバちゃん「う~ん。い~い匂い!」

さくら「あらっ、メロン切るの?」

オバちゃん「うん。リリーさん来たから、丁度いいだろ」

さくら「うわぁ、何年ぶりかしら・・」

わざわざ指折りしながら人数の確認した。答え「六人だねっ!」とキッパリ断言する。

そして喧嘩にならないように、慎重に「六等割に切り分け」ねばならない。これはとても難しい作業で、どうしても数ミリ程度は誤差(喧嘩のタネだよ)が出てしまう。管理責任者の「超絶技巧」が問われるのです。さぁ、責任重大だよっ!

オイちゃん「喧嘩しないように、公平に切れよぉ~」と、念押しする。

オバちゃん「それが、難しいんだよっ!」と、応えていますね。

そして無事分割作業はおわり、茶の間へ運搬する。さてさて。

「さぁ、頂きましょうか」

それぞれがまず、ひと口パクリ食す。「う~ん、美味しい♡」とか「ウマいっ♪」なんて思わず口に出る、幸せな時間ですよねぇ~♪

愉しい茶の間の団欒が始まりィ~と、思いきや・・・店先で何だか“聞き慣れた声”がするのだ。ありゃりゃーこれは?

「相変わらず、バカか・・?」

寅さんがスィと、とらやへ戻って来た。

一転、凍りつく茶の間!😱ひぇ~💧

オバちゃん「あらいけないっ、寅ちゃんの分、忘れちゃった!」

さくら「勘定に入れなかったの?」

オバちゃん「うっかりしちゃって、どうしよぅ~」

もう全員がキョドって、オタオタしだす。

さくら 「どうしようって・・」

ひろし「隠しましょう(小声)」

オイちゃん「隠すって、どこぇ(ボソッ)」

そこにやけに上機嫌の寅さんが茶の間へ上がって来た。みんなの顔をニコニコながめ回している。愛しのリリーしゃんもいるしね。

茶の間に緊張がはしる、さぁこれには困った!とらやファミリー演者の「絶妙な表情」にご注目!

寅さん「メロン、美味しいかい?」

さくら「うっ、うん…」

寅さん「よしっ!じゃお兄ちゃんもひとつもらおうか。じゃ、出してくれよっ!オレの…(メロンを)」催促するのです。

さぁ、困った!ドタバタの始まりィ~!(もう😫💦助けてぇ~ぇ~)

▷リンク/「🍈メロン騒動」このシーンの続きは、ぜひ動画でどうぞ!

youtu.be

 

次に、ココ!その⇒涙腺崩壊「涙なみだの寅アリア披露」の巻

 

リリーしゃんが出演しているキャバレー「ゴールデン歌麿」まで、エスコートしたが、しょんぼりして帰ってきた寅さん。

家人に「おかえりなさい」と声かけられたが、「ハァ・・・」と溜息ひとつ、様子が変だった。寅さんいわく、リリーが出演するというキャバレーは「場末の小さな店でババァばかりで、とらやより店が小さかった」という。

上框(あがりがまち)に腰をおとし、ポツリポツリと語り出す。

寅さん「あ~ぁ・・オレにふんだんに銭があったらなぁ・・・」とこぼす。

さくら「お金があったら・・どうするの?」問いかえす。

寅さん「リリーの夢を叶えてやるのよっ!」

寅さん「例えば、どっか一流劇場。歌舞伎座とか、 国際劇場とか、そんなトコを一日中借り切ってよ、アイツに好きなだけ歌を、唄わしてやりてぇのよぉ・・」

さくら「そんなに出来たらリリーさん、喜ぶだろうね!」

さくらは、ホント嬉しそうに聴いている。

寅さん「ベルが鳴る。場内がスーッと暗くなるなぁ・・皆様、たいへん長らくをば、お待たせをいたしました!只今より歌姫、リリー松岡ショーの開幕でありますっ!静かに緞帳が上がる・・スポットライトがパァーッ!と当たってねぇ。そこへ、まっ白けなドレスを着たリリーが、スッーと立ってる!」

寅さんスクッと立ち上がる。

寅さん「そりやぁ、いい女だよぉ~!ありゃ、それでなくたってほら、様子がいいしさ。目だってほら、パチッとしてるから、映えるんですよっ、ねぇ!客席はザワ、ザワ、ザワ、ザワ、ザワ、ザワってしてさ。綺麗ねぇ~、いい女だなぁ!よっ、リリー!待ってましたっ、日本一!やがて、リリーの歌がはじまる・・」

「♪ひとりぃ~酒場でぇ~飲む酒はぁ~ぁ~」美声で唄う寅さん。

寅さん「ねぇぇぇ・・客席はシーンと、水を打ったようだよ。みんな、聴き入ってるからなぁ・・お客は泣いてますよぉ・・リリーの歌は悲しいもんねぇ。やがて歌が終わる。花束、テープ、紙吹雪。ワァ~ッ!と、割れるような拍手喝采だよぉ・・あいつはきっと、泣くなぁ・・あの大きな目に、涙がいっぱい溜めてよぉ・・」

茶の間にクルリと背を向け、上框に腰を下ろす寅さん。想いが溢れてせなで語る。

「いくら気の強い、あいつだってきっと・・泣くよぉ・・」

寅さん力なく涙を拭っていたが、照れ臭いのか「このへんで御開に」と二階へ上がってしまう。

さくら「リリーさんに、聞かせてあげたかったなぁ・・いまの話」

しみじみ・・さくらに、思うとろあり。

▷リンク/『悲しい酒』By美空ひばり
https://youtu.be/zi1yedKi3FE

 

最後は、ココ!その⇒「寅&リリーしっぽり♡相合傘」

 

帝釈天参道に雨が降っている。寅さん、とらやに小走りで舞戻ってくる。やはりリリーが心配だった様子。

さくら「あっ!なんだ。そうか、お兄ちゃん。リリーさんのこと心配で、わざわざ来たの?」瞬時に見抜いた!

寅さん「心配じゃないよ、バカァー!ただオレはねぇ、あいつが駅から帰ってくる途中でよ、雨なんかにあって風邪でもひいてみろお前、えっ?肺炎起こしてみろっ、こんなにカリカリに痩せてるんだから、死んじゃうぞっ!」

早くもさくらもオバちゃんも、寅さんが“帰ってきた意図”が分かり、ニコニコしている。😙ふふ

さくら「わかった!じゃあ、お兄ちゃん。ほら、迎えに行ったげて・・」と、番傘をスっと差し出す。

うん、いい妹だね。

まさに愚兄賢妹の図。

寅さん「なんで?どうして?オレが行くんだよ・・おまえ行けよぉ~ほまぇぇ~」

さくら「だって私、もう帰るんだもん」

寅さん「おまえ、行けよぉ~☆」

さくら「ほらっ、お願いよ♡迎えに行ってあげて」

しかし、さくらが手渡すのは、番傘一本だけなのだ。🤭ぷぷっ

寅さん「そうかぁ・・?いやになっちゃうな。オレ雨降り、嫌いなんだよな。あ~ぁ、帰ってくるんじゃなかったい」と背を丸め、店を飛び出す。

柴又駅前、雨にあたられた乗降客は、傘を拡げ帰る。そこに所在なさげに、リリーの姿もあった。

ふと眺めていると、駅前のうす暗い場所で、寅さんがあさっての方向むき、番傘さし立っていた。

見つけたっ!これは嬉しくて仕方ない。勢いよく駆け出し、寅さんに抱きつくリリー。

リリー「きゃあ、はっ!」

寅さん、突然の相合傘状態。緊張で顔がこわばっている。目線はあくまで前!

リリー「迎えに来てくれたの?!」

寅さん「バカやろうぅ~散歩だよ」

リリー「フフッ・・雨の中、傘さして散歩してんの?」

寅さん「悪いかい?」

リリー「濡れるじゃない」

寅さん「濡れて悪いかよぉ」

リリー「風邪ひくじゃない」

寅さん「風邪ひいて、悪いかい」

リリー「だって。寅さんが風邪ひいて寝込んだら・・私、つまんないもん」

参道をしっぽりと往く、相合傘の二人…☂️俯瞰。

 

~チョコっとだけカイセツ~

相合傘の関係者試写の時。リリーこと浅丘ルリ子さんは、この「寅アリア」パートに感動して、大粒の涙を流したらしい(普通、演者が出演作を観て泣くことは滅多にない)。余程、感極まったのだろう。そ~んな逸話まであるのです!

○さくらは「リリーさんがお兄ちゃんの奥さんになってくれたら、どんなに素敵だろうな」といった。リリーは真剣な顔で「いいわよ。あたしみたいな女でよかったら」と応えた。

○結局『あいつは頭のいい、気性の強い、しっかりした女なんだよ。俺みてえなバカとくっついて、幸せになれるわけがねえだろ?』と寅さんは、さくらに言う。

観客は「うーん、何故だ?」と、ヤキモキするね。

「私こんなに楽しくご飯食べたの、何年ぶり」

○『あいつも、俺と同じ渡り鳥よ。腹すかせてさ、羽根怪我してさ、しばらくこの家に休んだまでのことだ。いずれまたパッと羽ばたいてあの青い空へ。なっ、さくら、そういうことだろう・・?』ということで、次作へ繋ぎます。

○俗に「リリー三部作」と呼ばれている『11作 忘れな草▷15作 寅次郎相合傘▷25作 ハイビスカスの花』この三作を連続で観ると、実に心地良いリズムを保っていることが判ります!

🍁秋の夜長、是非まったりとご覧あれ!!

🎥 1975年8月2日公開(収録時間90分)

渥美清…車寅次郎 寅さん○倍賞千恵子…諏訪さくら○下條正巳…車竜造 オイちゃん○三崎千恵子…車つね オバちゃん○前田吟…諏訪博 ひろし○太宰久雄…桂梅太郎 タコ社長○佐藤蛾次郎…源公○中村はやと…諏訪満男 みつお○船越英二…兵頭謙次郎 パパ○浅丘ルリ子…リリー松岡

 

(4000文字、Please enjoy “Tora-san's” movie!)  お題「ゆっくり見たい映画」

名作、第27作「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」【大好きな映画⑩】後半パート

 

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』

🎥 ここでチョロっと解説項。各シリーズに共通する基本的なプロットの流れ(一部例外あり)

アバン『寅さんの夢パート』⇒『寅さんが旅から帰郷』⇒『とらやでのいざこざ』⇒『また地方へ旅する』⇒『マドンナとの出逢い』⇒『マドンナがとらやへ』⇒『トラブル、問題の開示・解決』⇒『寅さんの失恋へ』⇒『またもや旅立ち』⇒『エンディング』となる。

悪くいえば「ワンパターン」なれど。それが映画の面白さへ繋がってゆくのだから大変だよね、山田監督はホント「繰り返しの天才!」。

🚕💨前半のカンタンあらすじ

豊島で出逢い、石切さんで奇跡の再会を果たした寅さんとふみさんは翌日、生駒宝山寺へ出掛けます。そこで絵馬奉納時、ふみさんに“生き別れの弟”がいることを知った。

だが、何故か逢うことをためらうふみさんに、寅さんは「いますぐ逢いにいこう」と言う。二人は弟が勤める運送会社へタクシーで駆けつける。

▽ぜひ前編からお読みください。

minminzemi81.hatenablog.com

 

ふみさん生き別れた弟探しの巻

 

寅さん「すぐ行こう。早くっ!ほらっ!」目指す住所は「大阪市港区波除6丁目2、山下運輸株式会社」。タクシーは安治川沿いを走ります。

恐怖の心霊現象として有名な車中シーン。誰?

長距離なので、タクシー代が気になります!支払いは、ふみさんか?

安治川大橋(国道43号線)がみえる。運転手は車を降りて、歩いて探してくれる。なんて親切な運転手なのか・・イイひとだね。

運転手「そのネキですわ」

寅さん「なんだい、ネキって?」

(※この「根際、ネキ」、どうやら固有の大阪弁ではないらしい。他地域から流入してきた言葉?ちなみに、ネト用語では「アネキ、姉貴」のこと)

ウマい具合に御手洗前に車両主任(大村崑)がいた。こんなとこに、崑ちゃんがいるなんて。何でだろ~な配役だ🤔うむゅ?

主任さん(大村崑)チャックで○○挟んだのか?

寅さん「あの・・水上英男という男、おりませんでしょうか?」はじめて弟のフルネームがあかされる。それを何故か困惑する主任・・「二階事務所へどうぞ」と案内される。

ここからのパートは「シリアス」、ホント辛い話ばかり。喜劇ではなくなる。そして、事務所ではショッキングな新事実を告げられます。

『尋ね人の英男君は、すでに死んでいた・・』

川を渡る行為は、山田シナリオ的には「此岸⇔彼岸」の関係となる。向こう岸には既に“隠世”が待っている!春日出橋を渡ったところにある、彼のアパート『松風荘』尋ねてもまだ「辛い話の連続攻撃」続く。

寅さんの混ぜっかえしギャグもなく、淡々と。

何と英男くんには「可愛い婚約者の信子」までいた。部屋には仏画風の「ふみさんと思しき絵」まである・・なんだ、なんだ、これはぁー!!

信子「うち、英男さんから聞いてました。お姉さんのこと・・お母さんみたいに、懐かしい人や・・とっても、逢いたがってました・・」

おふみ「お茶、飲んだら帰ろっ。うち辛い、この部屋におるの・・」

ついに、おふみさんに“部屋に居るのすら辛い”とまで言わせてしまう。「ふみちゃんをそんなに苛めんでもエエやろがぁ!」当時、そう思ったよ。

これが演出の狙いか・・ここに来て盛り下がり感⤵︎ 半端ねぇ~ぇ~。あ”~ヤダヤダ😫

安治川に浮かぶ渡し舟、ジッと見詰めるふみさん

で。ここでふと思う。この“安治川をロケ地”と定めたのは、本作と同年公開『泥の河(1981)』(小栗康平監督)への“せめてものオマージュ”だったのかも?山田洋次は本来社会派監督、自分が「泥の河」を撮れずに悔しかった・・これ、あるやなしや。

(「泥の河」は、昭和31年の夏の安治川河口が舞台。川べり食堂の子供「信雄」は、鉄くずを盗もうとしていた「喜一」と出会う。喜一は、対岸の廓舟で姉の「銀子」と、姿が見えない母「笙子」と暮らしていた・・この姉弟との“出逢いと別離”を描いた、'81年度の傑作映画。作品名言『子どもはなぁ、産まれてきとうて生まれてきたんやない。親、選ぶわけにはいかんのやぁ』😭涙)

▷リンク/「男はつらいよ浪花の恋の寅次郎」ロケ地案内

映画 寅さんシリーズ 浪花の恋の寅次郎ロケ地案内♪ - YouTube

 

👀✨これぞ「浪花の恋の寅次郎」名場面だっ!

 

「うち気分が悪い」と、勝手にお座敷(宗右衛門町。源氏名は蝶子はんと判明)を抜けて来た、おふみさん。その足で「通天閣ホテル」の寅さんの部屋へスッとあがり(←オイオイ)窓辺りで座っている。もう芸者を辞める腹づもりか?

✩.*希望の星が見えると、寅さんに伝えるふみさん

おふみ「星が出てるよ~ひとつ・・ふたつ・・みっつ・・」

外には新世界のギラギラな夜景がみえる・・まぁリアルなこといえば、“この場所”では星はほとんど見えないハズだ。おふみさんの心象での「希望の星」だネ!✩.*˚

おふみ「♪別れる~ことは~つらいけど、仕方がないんだ・・キミの・・うち泣きたい」

▷参考音源/繰り返し登場する『星影のワルツ』✩.*˚千昌夫の大ヒット曲(1966年)。
https://youtube.com/watch?v=sQUosDz7w8g&feature=share

別れることは つらいけど
仕方がないんだ 君のため
別れに星影の ワルツをうたおう
冷たい心じゃ ないんだよ
冷たい心じゃ ないんだよ
今でも好きだ 死ぬ程に

一緒になれる幸せを
二人で夢見た ほほえんだ
別れに星影のワルツを うたおう
あんなに愛した 仲なのに
あんなに愛した 仲なのに
涙がにじむ 夜の窓

ウルウル泪をためて、何かを訴えるふみさん・・。

この憂いを秘めた眼差しが、とってもイイ~♡

寅さん!もうダメ、こりゃダメ。

苦手ターンに突入だ!

おふみ「寅さん・・泣いてもええ?」

寅さん「!?」ビクッと驚く・・

😱ありゃま〜王手か?

ふみさんは、寅さんにしなだれる。寅さんの膝に顔を伏せ、そこで泣き崩れます。これが大阪の劇場で「いてまぇ~!寅やん!」の声が上るという「伝説的シーン」そう、判るわぁ~そやでぇ。好きなおなごはんに、膝しがみされて拒絶する馬鹿男、そんなの何処におるんや!

何でぇ、めぐり逢せ悪いんやろかっ、うちはぁ・・

ここで“細かいカット割り”があり。①入口側(喜介目線)からと、②横側から(状況さま)に撮り分けている。見る方向により「視える情景が変わるよ~♪」という親切説明カット(エロネタ😆)。

もちろん次に続く「階段オチのシーン」と関係しています。

喜介「お待っとうはん!あいにく冷蔵庫の中がぁ・・うゎ~あぁぁ~すんまへん、ナンも見てまへん」

喜介「お待っとうはん!」グツ悪い時に登場!

慌ててドア閉め、後退りドタタタタ・・・階段オチする!雰囲気ぶち壊し。山田演出のお約束。雁之助はん演技最高です!

喜介「血ィやぁ~お母ちゃん!血ィ~出てるわぁ!血ィ~!」

階段の下で煩く騒ぐ、喜介はん。

喜介はん、デコ打って血が滲んでいる・・

おかん「情けないガキゃなぁ~。ええ年こいてぇ、大きい声だしてからにぃ、こっちおいで。見せてみぃー!」

初音オカンにデコをペチン!される喜介。

カンペキな“初音オカン”の演技、ホント凄いよぉ~!👍✨

○初音 礼子(1908~1987年)元宝塚歌劇団、男役。雪組の組長。兵庫県神戸市の出身。宝塚歌劇創設以来、初の殿堂入りする。

▷リンク/名場面「天王寺ホテルの夜」

映画『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(第27作)HDリマスター - YouTube

 

浪花の夜の秘め事は・・肩透かし

 

残された信子の心配(自分の心情も重ね合わせ)までする、ふみさんだった。

寅さん「そりゃ、いまは哀しいだろうけどさ、月日がたてばどんどん忘れて行くものなんだよ。忘れるってことは、本当にいい事だよ・・」と慰める。いいこと言うゼ、これを“時薬”という。

浪花の夜はゆっくりと更けていきます

酒に酔ったふり?ふみさんは「今晩、この部屋に泊めてほしい」と伝え、寅さんの膝に頭をあずけ眠る。これには嬉し・・困った寅さん。

しか~し、寅さんは部屋からコソコソと逃げ出し、喜介の部屋で寝るというのだ・・🙃ありゃりゃ~?!な展開となる。またか・・

松鶴おやぢ「そんな殺生なぁ・・」と寝言ひとつ。

翌、未明・・ふみさんはタクシーを拾って、ひとり寂しく帰っていく。

阪神高速松原線高架下、公園通りの角

ふみNA『寅さん夕べはごめんなさい。私がこの部屋に泊まるのが御迷惑だったなら、そう言ってくれればタクシーを拾って帰ったのに。これからどうして生きていくか、一人で考えていきます。寅さん、お幸せに。 さようなら ふみ』と、チラシの裏へ切々と書いた「別れの置手紙」が残されていた。

この「愛想尽かしの文言」には、少なからずショックを受けている。

その、憮然とした顔。

 

覚醒す!「浪速のことは 夢のまた夢・・」

 

長逗留していた天王寺ホテルを、慌てて引き払うと言い出した。寅&喜介コンビは、地下鉄乗り場への道すがら事後策を、スタスタ歩きながら話し合う。

さらば天王寺また来るまでは、次は39作だ!

喜介「そやけど・・寅やんがおらんようになった後、もしあの娘が訪ねてきたらワテ、どない言うたらエエねん?」

寅さん「尋ねちゃ、こねえよっ!」スタスタスタ・・

喜介「そないなコトは、判らへんがな・・」

寅さん「いや来ねぇ・・もし来たとしたらその時ゃ、あの男は東京へ帰ったと、そう言ってくれりゃいいんだ」スタスタスタ・・

喜介「何でやねん。なんで、そない逃げるようにして帰らないかんねん!」

寅さん「男ってものはなっ、引き際が肝心よぉ」スタスタスタ・・

大阪地下鉄「恵美須町駅③番階段」を手を振り降って消えた。しかし、ここは堺筋線。梅田へ出るには、動物園前駅の方が都合いい(こまかっ!)。

大阪メトロ「恵美須町駅③番階段」寅消失点

はい、舞台は柴又とらやへと移ります。

 

いまだ恋煩い厨、哀れな寅さん

 

夕方、とらやの茶の間。帰ってからずっと様子がおかしく、食欲も無い寅さんを、皆がいろいろ気遣っている場面です。

オバちゃん「じゃ、玉子でも焼こうか、ねっ?」

寅さん「いいよ、いいよ。おふみちゃん、ありがとう・・」

突然の“おふみちゃん”の名前に、ギョギョッとなる一同。それはいったい誰なのか?意中の相手の詮索が始まった!

ゴーン!「四天王寺の鐘の音かぁ」病膏肓に入る

「寅アリア ふみver.開始」される。

寅さん「いい女かって、聞いてるのか・・もし、ここへ、すぅーとあらわれたら・・タコは腰抜かすよっ!ぬけるような白い肌、それが嬉しい時なんか、パァーと桜色に染まるんだよ。哀しい時には、透き通るような青白い色。黒いほつれ毛が、ふたすじ、みすじ。黒い瞳に涙を一杯ためてぇ・・寅さん・・うち・・あんたの膝で泣いても、ええ?可哀想だったなぁ~あん時のおふみさんは・・」

ひろし「兄さんが色々と、力になって上げたんでしょ?」

寅さん「気持ちだけは、あるんだ。でも、いくら気持ちだけあったって、何してやりゃぁいいのか、判らねえんだよっ。金はねえしなぁ・・ましてや、頭でも良けりやぁ、何か気の利いた言葉のひとつも、かけてやれるものを・・それもできやしねぇ・・」

腹巻にしまってあった“チラシ裏の手紙”をとりだし、凝視する。皆もつられて注目の的。

寅さん「そんなオイラに愛想をつかして、あの娘はいっちまったのさっ・・これからどうして生きていくのか、ひとりで考えていきます。寅さんお幸せに・・そう言ってねぇ、まぁ、今更そんなこと言ったって、こりゃ愚痴になるだけだからさっ、ねっ?今夜はこのあたりで、お開きってことにしようか」

トントン階段を昇りながら、また挨拶す。

寅さん「お茶の間の皆さん。お休みやすぅ~嗚呼、しんど」変な関西弁。

 

摩訶不思議な女心、とらやに何故?

ところがしばらくして。おふみさんが柴又とらやに、突然訪ねてくる。ここで疑問がわいた。何故ふみさんは「自身の結婚報告を、わざわざ寅さんにするのか?」この女性心理が、よく判らな~いですね。劇場公開時には、ワタシにはソレがさっぱり理解出来なかった・・

 

いわゆる「不思議な女心のなせるワザ」てか?ふみさんは、大阪で寅さんに色々と世話になったのだから通常の「御礼挨拶」位は、当然な行為かもしれない。

しかし・・デスねぇ・・これはとてつもなく“気まずい行為”なんです。

ふみさんは、寅さんが大好きだった・・まぁ、ゲスい言い方すれば「抱かれてもいい♡」行動までとった。なのに、寅さんに軽く「ダッキング&敵前逃亡」された訳で・・相当傷ついたはず。そんな想いも夜明けの旅館「置き手紙」でケリつけたハズだったのだが。

乙姫と夢のような出逢い、想い出の豊島

一方の寅さんも豊島の出逢い以来「好意メチャあり態度」をず~と取ってきた。さらにアテもなく(嫌いな)大阪まで、おふみさんを探しに来るのだから相当な入れこみ方。でも、置き手紙を見て「愛想尽かしされ、振られたぁ!」と思い悩んでいる。なので逃げるようにコソコソ大阪から舞い戻って来たのだ。

🙄ならば、この「結婚報告」は、ふみさんのせめてもの「意趣返し」なのか・・??

やはり彼女の行動原理がイマイチよく判からない。普通の女性感覚なら、寅さんと“顔をあわせるのも避けたい”気持ちだろうからね。

この後、一連の流れには観客の多くは「ええっ?」だったはず。いつものテンプレート「問題抱えるマドンナ⇒とらやの訪問⇒ドタバタ解決👍🏼めでたし、めでたし」・・ではないモヤモヤ感が、ずぅ~と残ります。

何となんと!おふみさん柴又に襲来す!

おふみ「あのぅ・・こちら、とらやさんですね。寅さん・・いてはりますでしょうか?」オバちゃんがパタパタ立働く店先で、女の声がする。

📣 「噂の“大阪の美人芸者”がとらやに、来たぁぁ~!!」

この一報にザワつく参道周辺の人々。話はあっちゅー間に伝播する。持ち前の客あしらいの上手さで、客を捌いてゆくふみさん。夕刻頃には源ちゃんと一杯引っかけ、上機嫌な寅さんが帰ってくる。更には、思いがけない「ふみのとらや来訪」に、天にも昇る心地の寅さんだったが・・。

 

泡わの輪、開けてびっくり玉手函!!

 

「実は大阪を引き払い、対馬へ行く」といった話のくだりから微妙に茶の間の空気が変化する。何故、対馬へ・・?

おふみ「実はうち・・・結婚するんです・・」

予想外の爆弾発言が飛び出し一転、凍りつく茶の間・・ひぇ・・ひぇ~💦

おふみ「対馬から大阪に、板前の修業に来ている人がいてね。こんど島に帰って、小さなお寿司屋さん開くことになったんです。そのひと、前からうちのこと思うててくれて・・うちみたいな女でも、奥さんにしてくれるって、そない言うんよっ、寅さん!」と、遠慮気味に告げられた。

対馬の寿司屋に嫁ぐ」というドンデン展開・・アララどうしましょ?

その結婚相手、誠から電話あり、ふみさんが急いで帰った後・・外は土砂降りの豪雨となった。雷鳴も轟く!やはり、これはリリーパターン※の流れだ。

一天にわかにかき曇り、雷鳴轟く

(※「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」では、とらや茶の間で気まずい思いまでして、結婚承諾したリリーに対し、寅は「冗談だろ、リリー」と決めつけ避けつづける。その曖昧な態度に絶望して、怒りながらリリーが立ち去る。すると雷鳴トドロキ、土砂降りの雨となる。二階では、寅とさくらがリリーを語る場面となります)

二階部屋では寅さんがさくら相手に、ぶちぶちボヤくシーン。反省会まで同じだ。

寅さん「わざわざ来ることはなかったんだよぉ、こんなとこまで。ハガキ一本出しゃ済むコトじゃねぇかぁ。こっちの気持ちにもなってくれって言うんだよ、こんな惨めな気分にさせられてよぉ・・」

さくら「そんなこと言っちゃ、可哀想よ。わざわざそれを言いに来た、ふみさんの気持ちにもなってごらんなさい・・・」

このさくらの諌言が、理解出来たのだろうか?

翌日、寅さんは再び旅立った。それは、何故かー。

🤔さくらが言う“気持ち”とは、ふみさんが最期に魅せた“女の意地”みたいな静かな怒り・・と仮定すると、かなり理解が優しくなるね。

以前にもリリーとの心のすれ違いあり、今回のふみさんの件と二重構造に透けてかさなり、寅さんに重くのし掛る。やはり、大変なスクリプトだよなぁ~単純ぢゃないね。きっと山田監督も寅に怒ってますよ!

 

ついにエピローグ、対馬での再会!

 

寅さんは遥々、対馬まで逢いに出かけた。この物語は冒頭、対馬の「和多都美神社」から始まり、ラストの「青海の段々畑」に円環して、終わりを告げる。

おふみとその亭主、誠(斉藤洋介)の寿司屋店先(※対馬市厳原町国分、對馬醤油店の隣に「寿司処海八」があった)。

新鮮寿司ネタで盛り上がっていると・・。

まこと「お袋から電話でなぁ、家のほうにアンタ訪ねてお客さんが来てるんやが・・車さんちゅう人やてぇー」

おふみ「車さん・・?寅さんよっ!ほらぁーいつも話してる、寅さんよっ!」

ワゴン車に乗り、万関橋を渡る…🚐💨…走り続ける車。実家までは、ずいぶん遠いようだ。

青海の里の美しい段々畑で終話となる

嫁ぎ先である、石垣で囲まれた古民家(対馬市峰町青海130)その門先でひとり座り待っている、寅さんの姿があった!

寅さん「よぉ。元気そうだなぁ~遠いトコだなぁ、おい。船着場から、ずっと歩いて来ちゃったよぉ~、ははは」

そんな馬鹿な。確実に倒れるよ、夏場でこの距離はね!

おふみ「よく来てくれたぁ・・・」

うるうる・・涙を流しながら歓ぶおふみさん。所在なく困る亭主の誠。

門戸でズッコケそうになる寅さん

それを晴ればれとした表情で、二人を祝した寅さんだった。きっと、また乙姫に「お・も・て・な・し」されて、対馬で長逗留したことでしょうね。

👏パチ👏パチ・・

~終演~

どぶに落ちても根のある奴は
いつかは蓮の花と咲く

意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ兄ちゃんは

目方で男が売れるなら
こんな苦労も

こんな苦労もかけまいに
かけまいに

 

○マドンナ/松坂 慶子(1952年~)本名は、高内慶子。東京都大田区の出身。韓国人の父と日本人母との間に生まれる。

🎬映画『夜の診察室』で本格映画デビュー!『青春の門』や、本作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』、有名な『蒲田行進曲』など。ドラマ主題歌「愛の水中花」が、大ヒットした!本作で日本アカデミー賞主演女優賞。

大映映画『夜の診察室』映画デビューした

○入場料1500円、上映時間104分。

▷リンク/『愛の水中花』(松坂慶子) 愛の水中花 - YouTube

▷リンク/『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』予告編。

 

〈余録〉🐍足解説始めま~す

 

さてさて。このドラマは『浦島太郎伝説』をモチーフにしているのは明らか(ハナからアバンでそう告げている)です。浦島寅次郎と、ふみ乙姫です。豊島から亀の船で着いた場所が、大阪はネオン✨チカチカ通天閣だった。

昔むかし浦島はぁ助けた亀に連れられてぇ~♪

竜宮城で“飛び切りのおもてなし”されたのに、コソコソ逃げ出した浦島寅次郎は、あろう事か玉手函すら持たず逃亡した。それに怒った乙姫が、追いかけてきました。まるで安珍清姫のように。そして「ドカ~ン!」とイカヅチを降す。うわぁ~ぁ~怖い話だなぁ・・ホンマやで、これなぁ・・

 

⟬ウラ読み⟭ 男はつらいよ物語、その本質とはいったい・・?

~わかるヒトだけ解れば、イイってハナシよ~

 

日本古代から続く『マレビト伝説』について。

マレビト(客人)は、各地方ごとに様々なバリエーションがあり、一番有名な寓話は「かぐや姫伝説」月から来た宇宙人設定。ある時、なぜか月から地球にやってきて、竹のカプセルホテルで過ごす。それを竹取の爺さんに発見される。スクスク急成長し、やがて「婿取りに目覚める」のだ・・。

(※お爺さんは山に柴刈りに来たのだから、得物はナタか。それで竹切ったら、かぐや姫も真っ二つ!・・子供の頃、そうおもたね!😂ひぇ)

続きまして「桃太郎電鉄」。違うやろ!ボンビ〜か!昔話 桃太郎伝説では、川で洗濯していた婆さんが「大きい桃」を発見👀し、すくって持ち帰る。包丁でスパーンと真っ二つにする。なかから飛び出す桃太郎!恐ろしい速さでスクスクと成長し、やがては「鬼退治に目覚める」のだった・・

(※婆さんは川に洗濯なので、手洗い桶?洗濯板?これで川を流れてくる巨大桃キャッチは到底出来ない・・やはり、そうおもう!😂ひぇ)

いずれも共通するのは⇒『マレビトをもてなせば、マレビトの「行動や言動」により、地域に住む人々に「生きる力や知恵」が授かって「災厄をも祓われる」といったもの』古代から日本人は、マレビトの霊力により「豊かで健やかな生活が、延々続いてゆく」と信じていました。

半年のおわり、夏越の行事「茅の輪括り」

我々は正月や夏越に、ふらりやって来る「マレビトをおもてなし」します。それらの風習を単純に云えば『漂泊民(マレビト)と定住者(一般人)の交流物語』なのです。コレが「男はつらいよ」の裏コンセプトでしょうね。

(※マレビト(稀人・客人)は、ある時期(正月や夏越など)に他界から来訪する霊的な神々。この存在を定義する、折口信夫の思想でもある。「まれびと」が発する呪詞・寿詞が後に「文学」に、所作が「芸能」へ昇華した。日本人の信仰や観念を探る、キイワードとして重視されます)

 

(8500文字、Please enjoy “Tora-san's” movie!)  お題「ゆっくり見たい映画」

有田蜜柑 誕生秘話「伊藤 孫右衛門」有田蜜柑の礎を築いた男の話【戦国時代】

 

毎年、五月頃になると有田の山々にみかんの白い花が咲き誇り、甘酸っぱい香りが街中に広がります。「全国一の生産量」を誇る有田ならではの風物詩だと思います。

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ミカンの花が咲いている

そして十月ともなれば、少し蒼い「極早生蜜柑」が市場に出回り、秋が深まるに続いて「早生、中手蜜柑」と出荷量が増えていきます。品種には「ゆら早生」「日南1号」「上野早生」「大浦早生」など。

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その中で「ゆら早生」は、和歌山県で発見された品種で、果皮が緑色。でも果肉は糖度が高く、さわやか風味なのが特徴です!

 

さぁ、もうすぐ温州みかんの季節到来ですね!なんでも夏の暑い陽射しが、甘くて美味しい蜜柑を育てると言います。今年も、まずまずの作柄ではないでしょうか?

🎶 みかんの花咲く丘 https://youtu.be/_UFiQcGe_Qc

鼻歌♪「みかんの花が 咲いているぅ~ 思い出の道 丘の道ぃ~ はるかに見える 青い海 お船がとおく かすんでるぅ~」有田のみかん畑から海を眺めていると、童謡「みかんの花咲く丘」を思い出しました。

 

有田蜜柑の礎を築いた男がいた

 

有田出身の方の話によると、この地方を“日本一の蜜柑産地に変えた男”がいるというのです。でも、世に名高い「紀伊國屋文左衛門」ではありませんよ。三波春夫先生が唄います。

「沖の暗いのに、白帆がぁ~見ゆるぅ~あれが紀伊国ぃ~蜜柑ぶねぇ~♪」

名調子『豪商紀伊國屋文左衛門』豪商一代紀伊国屋文左衛門 三波春夫 - YouTubeいや男、文左衛門・・ではなく。

 

それはまだ世に知られていない、ひとりの男。

その名を『伊藤 孫右衛門』という。

 

時代は元亀天正あたりの出来事、世の中がガチャガチャ騒乱していた頃ですね。宣教使のルイス・フロイスが「紀州の地には四つ、五つの共和国的な存在があり、いかなる権力者も、それを滅ぼすことができなかった」と述べています。そんな国人衆や寺社勢力が入乱れ、自主割拠していた紀州は有田地方、糸我村でのハナシです。

 

蜜柑で全国的有名な有田地方は、元々蜜柑が無かったぁ・・えっ?

 

ここ紀州有田地方は「山また山、こりゃまた山、振り返ったら、川か海」と云う土地柄で、水田はなく米が殆ど採れなかったそうな。昔より見るべき産物もなく、食うや食わずの着るものさえままならないという「極貧の地」であった。

 

その有田の糸我村で農業を営んでいた伊藤孫右衛門は、そんな村民の窮状を日々憂えていた。というか、単純に腹が減りすぎていたのだ。人間、貧すれば鈍するのです。

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第一村人登場

野良仕事を終えた村人が、立ち話をしている…

「のう、バァさんやぁ、たまには熟鮨でも、食べたいもんじゃなぁ~」

「あでぇ、おぢぃさん、アタマでも可笑しくなったのかぇ、米なんか見たこともねぇぇぇ・・」

 

孫右衛門は「この地域に殖産を起す」には、何がよいかと色々思案シマクリ千代子だった。荒地を開墾し様々な木を植え試してみたが、なかなか良いものを見出せなかったそうな。

 

そのような時、肥後の国は八代高田(やつしろ、こうだ)の地に『蜜柑』という樹木があることを旅人からツテ聴いた。

 

何でもたいそう「芳しい香りがする果実」がなるというのだ。さらに「山地にあっても生育し、歩留りも悪くない」とも聞いた。

 

「♪からたち、からたち、から〜たぁ~ちの、花よぉ~」か?その時、何かを閃いた孫右衛門は思わず膝をポン!と打ち、眼がキラリと光った・・

 

「みぃ…蜜柑じゃ~これじゃぁぁ~♪」

 

欣喜雀躍その神木を是非とも我が手に入れ、この地を「ばぶりぃな国」に変えたいと願うようになった。だがしかし。なんでもその木は「藩外不出、面会謝絶、一子相伝アンタッチャブルな木」であり、おいそれと手に入れられるような代物ではなかったそうなのであ~る。

 

🍊「ぷろじぇくと、おれ~んぢ!」

♪地上にある星を 誰も覚えていない 人は空ばかり見てるぅ~♪By中島みゆき

(※熟鮨は和歌山の特産品。鯖・秋刀魚など魚と飯を合わせ、樽に漬け重石をする。数日から数か月あるいは数年間も乳酸発酵させる。乳酸発酵によって味は酸っぱくなるが、雑菌の繁殖を抑えつつタンパク質の分解に伴う、アミノ酸成分の旨みを増加させる料理法で、“寿司の元祖”と云われる)

 

そして孫右衛門は来る日も来る日も、たいそう思案した

 

そして和歌山の上役に相談したが、色良い返事をもらうことはできなかった。だが、それであきらめるような人ではなかった。ヘタレではなかったのだ。さても~さても~どうしたものか、想い悩んだ。

和歌山県有田市 糸我町の集落

▷リンク/有田市糸我町
https://maps.app.goo.gl/3kryjZBRCcvqqVpL9

 

村民の窮状を見るにつけ、オイシイ熟鮨を食べたいという自己要求は、ますます強まってゆく一方であった。それで彼は上役に幾度も願いでて、遂に上役も彼のしつこさに呆れ、彼を肥後の国に遣わすことにしたらしい。

 

上役は思う「しかしのう、そう簡単には譲ってくれぬであろう」そこで一計を案じ、彼に一通の手紙を持たせたらしい。

その内容は『木の所望は、殖産の目的ではござらぬ。単に盆栽として花実の美をめでたいのよ。よって数株恵与されたし…云々』との内容が書かれていた。これでは「テイの良い詐欺、搾取」である。果たして巧くいくだろうか?

 

そうして孫右衛門は九州に渡海した。八代高田でのすったもんだの末、ようやく「高田小ミカンの苗木二本」が彼に与えられた。孫右衛門は、念願のみかんの木を手に入れた!

イェイ、ゲッチュ~!それは天正二年のことでござった。

(※ 天正二年と云えば織田信長に追放された公方様「足利義昭」が、紀州由良にある興国寺へ逃げ延びてきた頃なのです。興国寺は、金山寺味噌や醤油発祥で有名ですね)

 

🍊「ぷろじぇくと、おれ~んぢ!」

♪名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴むぅ~♪By中島みゆき

 

人は皆、徒歩で旅をした。孫右衛門だって歩くしかない

 

しか~し。さらなる苦闘が孫右衛門に待ち受けていた。今日のように交通手段の発達した社会ではない。人は皆、テクテクと歩いて長旅をした。

 

新たなる難題「いかに木を枯らさずに、郷里まで持ち帰るのか?」といった状況が待ち構えていた。彼は孫を慈しむかのよう(そら孫右衛門だけに)、その苗木を大事に扱い、郷里へと持ち帰ったのです。

 

道中は「背中から二本の木がはえた男」としてたいそうな噂?だが、長旅の故に苗木は枯死寸前、ハラホロヒレハレ状態であったそうな。一本を和歌山の“上役に賄賂”としてコソッと渡し、残りの一本をようやく糸我村へ持ち帰った!

「ばぁ…ばぁさん…ただいま」バタッ!

和歌山の木は当然の如く枯れてしまったが、糸我で植えた苗木の方は孫右衛門のたゆまぬ努力と熱情により息を吹き返し、唯一この地に根付いたのである。俗に言う “Dreams come true” ついに願いは叶った・・かに思えた。

 

ところが、一難去ってまた一難、更なる難題が待ち構えていた。ピンチの連続波状攻撃だぁ・・

 

地場産業と育成してゆくには、繁殖させねばならないですティニー

 

次の難問は「苗木の繁殖」であった。苗木を増やさねば殖産は叶わないのだ。「繁殖させることこそ、重要!」なのです。

農業立国、アグリ産業の命題。「産めよ~増やせよ~金に成る木」

孫右衛門は、有田に自生していたという「橘の木」に接ぎ木を試みて、ようやく見事成功させた。これで沢山の苗木を産むことも出来るのでした。

 

やがて数年が過ぎ去った・・

 

遂にその夢にまで見た果実を、得ることができた。「実の麗しきこと、また美味なこと」は、他の果実の遠く及ばないところであったと云う。

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果実は得られ、苦労は報われた

いまで例えれば「メロンより<<マンゴーより<<蜜柑🍊LOVE♡」ですかね。孫右衛門は、さぞや有頂天だったに違いない。孫右衛門の熱意とその果実のすばらしさに、周囲の村人達も「大絶賛開催中!」でした。

 

驚いたことに孫右衛門は、栽培方法を惜しげも無く近隣の「保田庄、宮原庄、田殿庄」にも教え、有田地方を密柑産地として興産せしめた。さらに紀州浅野、続き紀州徳川家の庇護のもと、作付面積もドンドン拡大されてゆく。

 

ようやくここに、貧困地有田を窮状から救い、豊かな大地へと変える「一大蜜柑産業が産まれた」のでした!👏拍👏手👏…めでたし、めでたし。

 

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♪行く先を 照らすのは まだ咲かぬ 見果てぬ夢

遥か後ろを 照らすのは あどけない夢

旅はまだ 終らない…。

 

▽文中引用した楽曲「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」どちらも神曲✨です。まさに孫右衛門、江戸時代のプロジェクトX

youtu.be

 

柑橘栽培の起源と小みかんなど、こぼれ話

しかし、ふと想う。「この話はホントのことなの?」起源は諸説あるようです。現在の「有田市糸我町 中番」で紀州藩の委託を受けた、伊藤孫右衛門が栽培したのが始まり・・というのが、やはり“一番の有力説”とのことなんですが・・。

 

🍊曰く、神話時代(十一代垂仁天皇)に、田道間守命(たじまもりのみこと)が中国南部より持ち帰った「非時香果」が、現在の「海草郡下津町」に移植された。その後、有田地方に「橘」として徐々に広まったと伝わります。

(古事記 日本書紀)

 

🍊またある説。永享年間(1429年~1440年)糸我町の神田池のふちに、橘が一本自然に生えており、年々実を結び蜜のような味であったことから「蜜柑」と名付けられた。その後、各地方へも広まった。

(糸我社由緒)

 

🍊天正二年(1574年)今回のお話に登場した、糸我の地頭「伊藤孫右衛門」が命を受けて、はるばる肥後八代より「高田蜜柑(小みかん)苗木二本」を持ち帰った。その後、各地方へ広まった。

(紀州蜜柑伝来記)

 

🍊 「小ミカン」とは日本に最初に伝わった品種。肥後国八代に中国浙江省から小ミカンが伝り「高田みかん」として栽培された。のちに有田に移植され大発展したことから「紀州蜜柑」の名で全国に広まったという。

 

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たわわに実った早生みかん種

🍊江戸で小ミカンが高騰していた。その話を聞いた「紀伊國屋文左衛門」が、紀州から船で蜜柑を運搬し巨大な利益を得たとされる「文左衛門伝説」でも有名ですね。和歌山の湯浅に「紀伊國屋文左衛門生誕の碑」がある。

 

🍊温州みかんが忌み嫌われたのは「種がないから」とか。子孫が絶えるコトを嫌った「縁起かつぎ」のため。時代は移りいまや栽培種のほとんどが、いまある甘くて美味しい「温州みかん種」となっています。 

 

🍊有田の地はその昔「安諦(あで)」と呼ばれていた。ところが平城天皇の名である「安殿」に似ているので「ありだ(在田)」に変えられたそうです。さらに安諦も含めて有田という地名由来に「荒れた川」からきたという説もあり。

 

🍊江戸時代、和歌山城にあった有名な「三宝柑」。その味をいたく藩主が気に入り、「藩外移出禁止令」が出たほどだった。名前の由来は「三方」に載せて、紀州の殿様に献上されていたことから名付く。

 

そして蜜柑はとても甘く、高価なフルーツに進化した✨

 

🍊昭和時代なら当たり前だった「コタツみかん」籠にオレンジ色の蜜柑が盛ってある風景。コタツにこもりムシャムシャ食べるのが、冬の幸せパターンだったねぇ~♪

 

🍊もちろんいまは「薄皮、種無しの温州みかん」です。いまや伝説の小ミカンはお正月の鏡餅の上に、チョンと乗っている位しか見かけなくなった。

 

🍊新堂地区で生産されたもの⇒「新堂みかん」湯浅町田地区で生産されたもの⇒「田村みかん」と呼ぶ。“有田ミカンのトップブランド”としていずれも高名である。お値段もそれなりに。

 

🍊ブランド蜜柑は、有名百貨店や高級フルーツ専門店に並び、とても高価で販売されている。味は「芳香と濃厚な甘さ」があり、近年、諸外国からも大注目されています。

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幸せのコタツみかん

今年の冬には「コタツみかん」やりたいねぇ。

これにて『有田蜜柑 誕生秘話』(( 🍊

 

~おしまい~

 

[おまけコーナー] ちょっとイイ感じの話です!

 

文豪 芥川龍之介の傑作短編に『蜜柑』と云う、とても爽やかな作品があります。わたしの大好きな作品なのですが。タイトルどうりラストで蜜柑が“とても鮮やかな色彩”を放って登場するのです。

朗読/窪田等


www.youtube.com

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、明治二十五年~昭和二年七月二十四日没)

○本名も同じ、大正を代表する大作家。精神疾患から睡眠薬自殺した。その動機として記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」の言葉はあまりにも有名。辞世の句「水洟や 鼻の先だけ 暮れ残る」でした。

○代表作品『羅生門』『鼻』『芋粥』『地獄変』『河童』など。文藝春秋社主の菊池寛が、芥川の名を冠した「芥川賞」を設けた。これが新人小説家の登竜門となる。

 

▽美味しい「有田みかん早和果樹園、味まろしぼり」濃厚な絞りたてのジュースです。お土産にピッタリだと思います!美味~い!

⇒Link/ホットな“みかん産地”とのリンクです!

早和果樹園⇒ 和歌山有田みかん、味一しぼりの早和果樹園

JAありだ⇒ http://www.ja-arida.or.jp/index.php

 

参考文献/ウキペディア、JAありだ 、早和果樹園 、和歌山県観光振興課

(5,300文字、Thank you for reading.bon voyage.) 今週のお題「人生最大のピンチ」

推し!「友ヶ島 関連ブログ特集」和歌山市 紀淡海峡 友ヶ島【まと👀ます】

 


ヒトはとかく“何か”を求め「旅」に出たがるもの

 

つまんない日常を飛び出し、非日常に我が身を置いてみる。そして未知の土地を、ひたすら尋ね歩く。あげくヘトヘトとなる。そして求める“何か”は発見するのだが「謎」は読み解けないまま「とほほ気分」で旅を終えるコトに。

それでイイのだ!

なのでまたも“新たなる旅”に出る訳なのだね。いやはや、何やってんだかね。世の中には「自分探しの旅」に出るヤツ迄いるらしい。オイオイ、旅行なんかで自分探して、ド~すんだい・・?

それでもイイのだっ!

🎶Summer Joe Hisaishi - Summer - YouTube

「そうだっ友ヶ島、行こう!」

 

というわけでぇ~友ヶ島総軍推し!

𓂃𓊝𓄹𓄺  𓂃𓊝𓄹𓄺  𓂃𓊝𓄹𓄺 

 

😎「いやぁ、かなんなぁ~そうかいな~」

🙄「最近イチオシ!伸びて漫画なぁ~!」

サマータイムレンダ』おもしゃいやん

春先のこと。「サマータイムレンダ、和歌山観光大使となった!」とりあえず、再告知しとくで。

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島ゆーたら、何ですか?」

🙄「昔からユーレイ話、ありますねん」

😎「え”~ほんまか、キー坊?!」

🙄「誰がキー坊や、マジやで」

ホンマにあった話やして、こえな・・

とある場所で写真を撮っていた。すると、不思議なものが写っているではないか!一体これは、何なんだろうか・・😱!?

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島のな、裏話みたいなモンやろ?」

🙄「キミ、ウワサ話好きやなぁ・・」

😎「ぜぜこ、ぜぜこっ!」💰👌

信じるか信じないかは、あなた次第!

江戸時代に紀淡海峡で大暴れした海賊「つむじ風剛右衛門」の隠し島という、お宝伝説✨がいまに伝わります。

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島渡るの、船出せんゆーた船頭さん」

🙄「船頭さん、古いなぁーキミ。船長さんや!」

😎「キャプテンやな、エーゴでな!白帽子」

海が荒れた時には、別のエエとこあるよ

明治時代の海軍が「由良水雷隊」を編成し加太北方の深山の地に、極秘理に「水雷基地を構築」していた話を探る。

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島案内してんか?サッパ判からへん」

🙄「ほなこれみたら、やんわり分かるで」

😎「ヤンワリって、頼んないなぁ~」

観光案内ガチで描いてもたんやノシ!

友ヶ島の「具体的な島でのノウハウ」をお伝えします。加太港より、友ヶ島への渡り方。友ヶ島に渡ってからの注意点など。

minminzemi81.hatenablog.com

 

〈余録〉😆旅行先魅力度、第1位は・・和歌山県!!

 

パチ👏パチ👏とりま、めで鯛のう。

前回、和歌山県は8位だったが、今回ブッチのランクアップ⤴︎しての堂々全国1位となった!沖縄、北海道抑えての一位は、スゴい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4d88e127aaf6fc02a4c0d20d81605e6d25594002?page=2

「子供から大人まで楽しめる。パンダ、高野山、抹茶ソフトクリーム・・」ありゃ、そんなコトかぁ~?なんかチャウやん。

高野山はともかく🐼パンダは、和歌山か?

世界的な宿泊施設予約サイト「Airbnb」では、全世界中で『2019年に訪れるべき19の観光地✨BEST19』(下図)に、日本国内で唯一「和歌山県 Wakayama Prefecture」が選ばれている。このことの意味・・

▽コチラは、順位ではない。(和歌山県観光交流課、資料)

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(1500文字、thank you for reading.be happy!)お題「うちの自慢スポット」

名作映画、第27作「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」前半パート【大好きな映画⑨】

 

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』街宣ポスター

 

🎥 第27作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(1981年公開)

わたしは大阪生まれで、大阪市内で永く住んでいた関係で「浪花の恋の寅次郎」に、メッサ期待していた。「いよいよ、大阪の寅さん!よしっ!」そして、映画館へ観に行ったのですね。

大阪ゆーたら通天閣やぁ、🐡看板なくなった哀し
シリーズ初の大阪を舞台にし、東西喜劇界を代表する役者の「お笑い対決!?」かと思いきや、しっとり情感溢れる作品となっていた。

浦島太郎が乙姫と出逢ったぁの巻

今回の乙姫様(マドンナ)は松竹の看板女優、お色気バツグン「松坂慶子」がようやく初出演!そうそう「愛の水中花」だねぇ~♪

 

でも、実のところ「大阪芸者、この役どころは松坂慶子では無理じゃね?」そう思ったけれども・・そう、初めて松坂慶子を見たのは『夜の診察室』という映画だった。大映なのに、結構エロってたよ~、そんな感想だった。

で、実際のところ。松坂慶子は本作に乗り気でなく、方や山田監督も“エロい松坂”を嫌っていたらしい。それを松竹首脳が出演の説得したという逸話がある。や・や・やの「難産気味のキャスティング」だったようで。

 

さて、お約束「アバンの夢パート」は、浦島伝説のパロディだった。

寅さんNA「昔々、浦島寅次郎は助けた亀に連れられて、竜宮城を訪れ夢のように楽しい日々を、過ごしたのでありました・・」

学芸会風タッチな仕上げ。いつも思うことだけど、寅さんは稚拙な“変な夢”ばっか見てるよネ。いま風にいえば「厨二病の悪夢」ってことなのか?

タイトル明けは、遥か対馬の海岸、「和多都美神社(竜宮伝説がある神社)」(ナゼだ!ラストとループさせる気か?)・・で目覚める。寅さんは捕まった亀を、子供から買取り救ってやる。コレは「乙姫様と逢えます」フラグです。

寅さん、今回は「浦島寅次郎」やからね!そやろ。

和多都美神社、三ツ鳥居

まず、とらやでのドタバタ描写あり(タコ社長の経営不振ネタ。コレねなんかひどいよ、使い回しシナリオ)続きまして、舞台はビュンと「瀬戸内、豊島小野浦」での“出逢いのパート”へと~飛びますぅ~飛びますぅ!

(※満男役が中村はやと⇒吉岡秀隆に。変更点)

序盤の話の流れは・・寅さんが、まず「🐢亀」を救った。次に「🐙蛸」をも救った!それじゃ続いて「乙姫マドンナ」も、救うはずだよぉ~!?

今回のバイのネタ、「アッパッパ」を吊します

渡船フェリーには、寅さんが乗っていた。瀬戸内のいずくかの離島へ向かうようだ。着いたのは大島下島、大長港(大長みかんの産地で有名)。鄙びた港風景で農船が並ぶ。これがイイ景色なのです。

漁港で、さっそくバイの準備始めます「心斎橋か天王寺の一流デパートで、紅白粉をつけたおねぇちゃんに下さい、頂戴でお願いしたら・・」と、寅さん「大阪へのフラグ立て」までします!

というのは、“小物”まで大阪フラグを示しているのです。

🤔バイネタ「アッパッパ」とは何か?

女性の真夏用ワンピースで、通気性よくゆったりなサイズ。大正末~昭和初期にかけ“大阪で大流行”し、その後に全国へと広まったという。ダブダブ、ルーズさがオバちゃんウケしたらしい。

もうヤケクソ!ヤケのヤンパチ日焼けのナスビ!

(※島外に畑を求めて出かける「出作」が古くから行われた。島外の畑へ移動や収穫物運搬には「農船」という木造船が使われていた。いまは橋が懸かり農船は廃れてしまった)

 

いよいよマドンナふみさん登場!

 

👀✨〈名シーン!続々〉

港を見下ろす眺めいい場所で、「アンパン&牛乳」を食べるシーン。ここがホント素晴らしい!よくぞ見つけたね。絶景👏絶賛!

(ロケ地は、ここで大崎下島⇒豊島へワープ)

そして、墓場近くにある坂道を歩く美人(おふみさん👀♡)を、寅さんが発見する。何かの縁とばかり、ススッと船虫のように近寄り声をかける。

何故か「仏事に強い寅さん」の本領発揮だよ?

寅さん「南無阿弥陀仏・・🙏🏻こんなお美しいおかみさんを残して、先立たれたご主人は、さぞかしお心残りだったでしょうねぇ、お気の毒です・・」

寅さんの強引(カマかけ?)なセリフ。普通の男は、とても言えないよぉ~男前なことはね。

おふみ「ふふっ」失笑

寅さん「えっ?なにか・・」

おふみ「うち、主人はいません。これはねぇ、おばあちゃん」お墓の主は、バアちゃんだった・・

寅さん「うあっ・・おばあちゃん・・おばあちゃん、南無阿弥陀仏🙏🏻」早くも失策、ちーん。

二人は、坂道をゆっくり降ってくる

坂道を日傘さし歩くおふみさん。軽く身の上話交しつつ豊浜港まで二人が歩く流れは、もう100点の素晴らしさだっ!じっくり時間をかけて「丁寧に情緒たっぷり」撮影していますねぇ。

ここで「ふみの両親は幼い頃に離婚、祖母に育てられた。この島で育ち、現在は大阪で暮らしている」と、マドンナの過去が少しあかされる。しかし、職業は伏せられたママ。寅さんは「女工とかOL、郵便局員」など当てずっぽうに言うが、顔を伏せ首を振るふみさん。

続く豊島港(浮桟橋)での別れ、とてもいい風情です。「これから何処に行くのか?」と、尋ねるふみさん。

寅さん「うん?へへっ・・風の吹くままっ、気の向くままよっ!」

おふみ「自由でいいねぇ・・魚みたいに」

最後の最期になって名前を聞く。これは“リリーパターン”だね、もしや“勿忘草の焼き直し”なのか?全編通してリリーシリーズのイメージがダブります。

港町特有の細く入り組む裏道

おふみ「お兄さん、名前なんて言うの?」

で・た・!

寅さん「オレはなっ、東京は葛飾柴又の車寅次郎っていうんだ。人は寅と呼ぶよっ。娘さん。アンタの名前、なんて言うんだ?」

おふみ「浜田ふみ・・」

フェリーに乗船し、盛んに手を振り続ける👋寅さん。去る船をジッと見つめる、おふみさん。やがて日傘を掲げ、振り続ける。いま、運命の赤い糸が・・結ばれたぁーか?粋な別れで〆める。

「船は出てゆく、煙は残る。残る煙が、シャクの種」デデン、デン~♪

さて、寅とふみの“運命の糸”は、いかに・・?

⛴️リンク/豊島、こんなところ。「Toyoshima Island」←何故かローマ字表記。https://maps.app.goo.gl/ih4VfsHHjn9gAvuS7

 

続く「浪花の描写」パートも、情緒タップリ

「♪ひとりでぇ~生きてくなんて でぇ~きないとぉ~泣いてすがれば ネオンがぁ ネオンがぁ しみるぅ~♪」大阪の(古め、いや、大御所)松竹お笑い芸人が多数登場する。大阪の新世界パートでは、お約束「お笑い展開」となります!

 

寅さんは、一目惚れしたふみさんを求めて『新世界✨ホテル』(恵比寿東3丁目あたり、通天閣南通りのどっか筋、西入る※)に長逗留します。

宿賃(一週間も!)まで、きっちり溜め込んでいるという“ヤバめ状況”でスタート!何時もながら状況設定、相当無理あるなぁ~ドヤねんな?

通天閣、新世界周辺地図(Googleマップ)

新世界の界隈は、昔から「デンジャラスゾーン」でした!が、しか~し。近年は大阪万博も控え、再開発が続いている。旧来の面影とはイマージュは、かなり違ってきました。でも、ジャンジャン横丁は、まだ愉しいね♪その南側もさ・・🤫シィー㊙

笑福亭松鶴芦屋雁之助」お笑いツートップ。そして「初音礼子」(元タカラジェンヌ、知らんかった!)のオカン役が凄~い!いい演技を魅せます、大阪オカンの特徴が良く出ていますから。

このままラストまで、新世界辺りで引っ張って欲しいぐらいだ。それだと松竹新喜劇になるやん😂そりゃ、あかんか。

ワテもでてまっせぇ!

(※松竹新喜劇は、ご存知藤山寛美が座長をつとめた人情喜劇団。ホームグランドは、道頓堀中座で無休ロングランで一世風靡しました)

渥美さんはゲストと絡みずらい感じ?いや、諸先輩方に遠慮しているダケかも。喜劇界は色々ある罠。その訳とは・・

松鶴師匠は、言わずと知れた上方落語、四天王のひとり。芦屋雁之助は「裸の大将放浪記山下清役で、一世風靡した立役者。どちらも関西お笑い界の重鎮、なのに端役扱い・・現場は😅ヤバみ・・怖!

 

寅&ふみ、石切さんでミラクル再会を果たす!

 

寅さん、石切さん参道でバイネタ『愛の水中花』(←不発ギャグ)しかし、まったく売れないようだ。「ダメだ、ダメだ~」と嘆いている。

石切劔箭神社。創建は三世紀の崇神天皇の時代、祭神は「饒速日尊」と「可美真手命」の二柱。デンボ(出来物)の神様で有名。参道には薬屋や占い屋、骨董品店などが並ぶ。ひやかし眺めるのが楽しい。
▷リンク/https://maps.app.goo.gl/zM9mcBsEDHenUcb6A

石切劔箭神社絵馬堂、バイは門の向こうで

そしてふと、対面の「占いクジ屋」をみると・・「かしまし娘」がいる!?

(♪ウチら陽気なかしまし娘~誰が言ったか知らないがぁ~オンナ三人寄ったらぁ~かしましぃとは愉快だねぇ~♪というテーマソングでお馴染み。歌江、照枝、花江の三姉妹トリオ。松竹芸能所属)松坂慶子の引き立て役やでぇ・・🥴汗

・・いや、芸者三人組だった。

芸者花「姐さん、引いてみいひん?」

芸者照「アホくさぁー、何を占うんねんな?」

芸者花「決まってるがなっ。エエ男に逢えるか、どうかやがな」

おふみ「フフッ」

芸者花「ねぇ、ちょうだい」

おやじ「へぇ、何年だっか?」

芸者照「この子、タヌキや!」😂鉄板!

おふみさんがクジ引くと「待ち人あらわる」、ふと、自分を見つめる寅さんに気付く。👀!?

おふみ「兄さんっ!いつかの・・」駆け寄る。

寅さん「おふみさん・・って、いったな!」

👀✨〈名シーン!続きます〉

はいっ、ミラクル再会!きましたよ。この後、二人の出逢いを祝して、四人で飲みに出掛けます。おあいそ時に寅さんは、自分の財布をふみさんへポンと預けるのです。粋な兄さんです。

このことの意味は、ふみさんは「女房扱い」というワケですよ。もちろん、寅さんの財布では(いつもながら)支払いには足らない・・🤭だよね。

ふみさんは、背を向け自分で精算をサッと済ませる。なので財布を寅さんには返せなかった。これは、恥をかかせないための配慮です。

(もう~寅さんに10万位、貸してあげたいよ。もちろん、トイチで!←それ萬田金融やがな!)

🚕💨新世界ホテルに、タクシーで戻って来た、寅さんとおふみさん。少し酔っている。預かりぱなしだった、寅さんの財布にふと気づく。

寅さん「こんなもんで、足りたのか?」上機嫌♪

おふみ「あ、そうやこれぇ、お財布」

寅さん「こんなもんで、足りたのか?」

おふみ「へぇ、じゅうぶん!」

寅さんは受け取った財布から数枚サッと抜き、ふみさんにチップを渡そうとする。いまやお馴染み「五百円札」などではなく「千円札数枚(推定)」だった!ひぇぇ~😲スゴすな!寅やん。

「友達同士でチップって、おかしいのとちゃう」キッ!

おふみ「なにっ、これ?」

ふみさんは、友達同士でチップって、おかしいのちゃうかと。財布取り上げ、手にしたお札を挟み寅さんに突き返す!

寅さん「そりゃ、そうだ」

おふみ「二度とこんなことしたら、もうつき合わんからっ!」

寅さん「わかったよ。オレが悪かった・・」

まるで、イタズラした小学生みたいなションボリ顔になる、寅さん。

寅さん「わかったよ・・オレが悪かった」ポチの目

寅の手紙(ナレ)「さくら元気か?オレはいま、大阪で暮らしている。住み着いてみりゃ、大阪はいいところだ。人情は篤いし、食べ物は美味い。この土地は、オレの性に合っているらしい・・」そりゃ、そーだ。何故なら、「おふみさん♡」が大阪で、すぐ側にいるんだからねぇ。もちろん。とらやの面々には、女絡みがバレバレだった・・なぁ~😆

去り際、ふみさん「きょうは・・楽しかったっ♡」

ふみさんの和装に注目👀✨柄が「青海波(せいがいは)」その意味。大海に無限に広がる波文様。「未来永劫続く幸せ」の願いと「人々の安寧な暮らし」への願いが込められた、縁起柄です。乙姫に相応しい紋様。

寅さんが嫌いなモノ。飛行機や鰻と並び、「大阪」があった。この回で偏見解消されたのは、ひとえに「ふみさんの功労」によるもの。

 

ついに初デートにこぎつけた!

 

もうこれ「本格デート」だよね!生駒聖天の参道を昇っていく、寅さんとふみさん。でも階段が辛そうだよ。

「ドーンと参道があってね」帝釈天自慢する寅さん

おふみ「(とらやは)いつ頃、建てたん?」

寅さん「あぁ~アレはねぇ・・奈良時代かな?そこに古びた夫婦がいるんだけど。あの二人も、奈良時代からいるんじゃねぇかなぁ~きっと・・」絶好調なホラ話を披露する、寅さん!

セリフになぜ“奈良時代”が出てくるのか?それは「大阪→奈良」へと、空間移動したことを示している。

(近鉄宝山寺線。ケーブルカーは、大正7年8月、日本初の登山鉄道「生駒鋼索鉄道」として開通した。「イヌネコ車両」、いまでは「ファンキーなデコ車輌」で人気を集めている!)

わりとキツめな階段が続く宝山寺参道
リンク/宝山寺 絵馬堂

宝山寺は「生駒聖天」や「生駒の聖天さん」とも呼ばれ、「商売の神様」を祀る、日本三大聖天のひとつとされる。なので“現世利益を求める人々”の古刹として、門前町も含め古くより栄えてきた。鎮守神の「歓喜天」が祀られている。

生駒の聖天さんは、商売の神様

▷リンク/https://maps.app.goo.gl/snvDGMaXWV4cttdf8

歓喜天🐍足ばなし。

歓喜自在天は、仏教の守護神。ヒンドゥー教のガネシャ同様に、象頭を持つ「二体♡合体の図」とされる。ワタシは、歓喜天立像を「高野山霊宝館」で、ガネシャ像の方は、「白浜美術館」で見た。何方も和歌山だね。どちらも象頭の二体で相撲取ってンだか、マグわってるンだかのポーズ!・・だけどさ、これで何故、仏教の守護ができるのか?とても不思議だぁぁ~😘もとい。

続きまして、大阪ロケについて。

大阪での野外ロケ、な~んか変ぢゃね?問題

まずは「天王寺、新世界通天閣、ババーン!」これは、まあ納得。「ミナミ、宗右衛門町をチョロだし」まぁ、そーだろ。「東大阪石切劔箭神社」なかなか、風情あります。「生駒聖天」ありゃりゃもうこれ、越境奈良県や。

そして、続く「安治川沿いの運送会社」に至っては「え”~そんなとこ、ロケに使うかぁ?!」となる。まぁ、地元感覚ではそうだ。空気感が淀み、絵面も良くない。でも、わざと選んだハズだ。

いまも名残りある運送会社のロケ地

上映当時、「この場所に“拘る意味”は、一体何だろう・・?」と思い、彷徨い探ってみたが、やはりなーも無い。

んー?いやいや、そんな訳なかろうよ。理由はきっと何かある!

例えば「そんなに大阪の街が嫌いだったか、山田監督(てな噂がありますね)」。いや、これ実話。大阪繁華街などで、下手にロケするとですねぇ・・すぐ「黒山の人だかり」になり「アホ丸出し野郎」が押し掛ける、見切れたり、さらには叫ぶ!むちゃくちゃでござりまするがな~ホント!

まぁ、繊細な映画監督が忌み嫌うのも、無理はないかなぁ・・とも想ふ。

 

ふみさん生き別れた弟探しの巻

 

さて、ふみさんに生き別れた弟がいることを、突然知った寅さん。急転直下、「弟探しの旅」へと早変わりする、ドタバタ展開へ。

寅さん「両親が早く亡くなって、おばあちゃんがこの間死んで、一人っきりになったって、そう言ってたじゃねえかぁ?」

おふみ「母さんが家を出る時、ちっちゃい弟を、連れてっいったんよ・・」

寅さん「弟がいたのか・・」

唐突な「姉弟話」に面食らうね。寅さんの脳裏に思い浮かぶのは、自分の生き別れの母親「お菊さん」か?妹の「さくら」か?しかし、おふみさんの“家庭は複雑過ぎ”て、ボンヤリ観ていると理解不能になりますね。

ありりィ~コレ🙄どゆことカナ?

まず、ふみさんには両親がいて、姉弟兄弟だった。同じ家に婆さん、おそらく昔、爺ちゃんも健在だったか?ところが亭主の浮気かなんかで、離婚となり母親は子を連れ、婚家を出てゆく。

でも、「五つ六つの小さい弟だけ連れて行く」というのは、コレは不可解なはなしだ。では、ふみさんは“不都合な子供”なのか・・ん~ん?

寅さん「あたりめぇだよっ、思い立ったら吉日、すぐ行こう。早くっ!ほらっ!」はい“ウル寅スイッチ”がパチンと入る。これぞ「歓喜天のなせる技(知らんけど)」生駒ヤマを登ったら、何と映画の「ヤマ場」へ突入ー?!

押っ取り刀で駆けつける二人!目指す住所は「大阪市港区波除6丁目2、山下運輸株式会社」である。タクシーに飛び乗り、安治川沿いをひた走ります。

🚕💨急展開💨話は、ココで折り返し。

▽寅さんたちはいよいよ、“隠世”に踏み込みます。後半へ続く・・

minminzemi81.hatenablog.com

 

〈余録〉寅さんの「理想の恋愛像」とは?それな。あたぼうよ🐯💕

 

🎬 第3作「男はつらいよ フーテンの寅」のお見合い時には・・言いたい放題。この時の相手は「お駒さん(春川ますみ)」だった。

亭主に逃げられ、見合いの席でヤケ酒

ꉂꉂ🐯「女ってのは少し苦労したほうが、いい嫁になるっていうからな・・」とか「亭主が帰ってくる。風呂が先か酒が先か。スッとツラ見て判かるようじゃなきゃ、駄目だよ。ねぇー」・・ひ~ど~い、ね。現実味がまるでないことを言い放つ!w

 

🎬 更には、第32作「口笛を吹く寅次郎」では・・柴又堤防で、恋愛について語り合う寅と源ちゃん。恋のお相手は、お寺の娘 朋子(竹下景子)。

朋子「寅さん!ちょっと・・」いい感じだが

源ちゃん「~でも兄貴、愛があれば何とかなるんやないかぁ?」
ꉂꉂ🐯「それは若者の考えることだ!俺ぐらいに“分別が出てくる”と、そうは簡単にいかない」・・いまだ学習が出来ていないぞぉ~😓くぅ

 

🎬 そして本作、第27作「浪花の恋の寅次郎」では・・ようやく“その理想に近い”相手「おふみさん」が見つかり・・だが、上手く♡逝きそうになると、突然テンパり逃げ腰、スタコラ敵前逃亡までやらかす!?

寅さん「汚ぇトコだけどアガってくか?」

ꉂꉂ🐯「男ってものはな、引き際が肝心よっ!」

喜介「わかりまへんなぁ~。そないカッコばっかりつけてたら、オナゴはんはモノにならんでぇ」と別れ際、喜介にアドバイスされるが、てんで真面目に聴いてはいない。

そして48作になっても、またぞろ同じこと言って、リリーに罵倒される。

リリー「悪いよっ!馬鹿にしかみえないよっ!そんなのは。自分じゃカッコイイつもりだろうけど、要するに卑怯なの。意気地が無いの気が小さいの、体裁ばっかり考えてるエゴイストで、口ほどにもない臆病もんで、ツッ転ばしのグニャチンで、トンチキチンのオタンコナスって、言うんだよっ!!」

もう、ダメだこりゃ・・・

○一般的な恋愛や結婚はダメダメ、特殊形態(同棲やら事実婚など)も、カナリ無理がある。口先では「世帯を持つ」などと言うが、本心ではそれを全く望んではいないと云う⇒「謎の🐯寅イズム❓」

○山田監督は、寅さんの恋愛の有り様を「永遠の思春期」と表現したが。ワタシは思った。寅さんは「永遠の成長障害者(ADHD)」なんだと!確かにそんなヒトは沢山いるからなぁ・・そうやで。

 

(7800文字、Please enjoy “Tora-san's” movie!)  お題「ゆっくり見たい映画」