弐章 図書館の夜は 絶望の暗闇の果て
優斗に絡まった白糸を解くのにずいぶん苦労はしたが、彩乃と二人で協力して日没までに、何とか解くことが出来た。ヤツはずいぶん疑ってきたけど「これは手品でも何でもなく何らかの怪異現象だ」と説得したのだが。すると「そんな訳があるかッ!」とブリブリ怒りだし、モブらしく自転車に乗って帰ってしまった。
既に日没黄昏時になり校庭から人影は消えていた。彩乃には「ひとまずさぁ、もう遅いし。明日また此処で話しあおう」と約束し校門で別れた。
たかしは早速校門から校内へ踵を返し、学校の図書館の窓からコッソリ忍び込んだ。一箇所だけは鍵は掛かっていないのだ。この秘密ルート、実は文藝部の奴から教えて貰っていた。
「勝手知ったる他人の家、てね」
遮光カーテンを全て閉め、貸出カウンターの最小限のスタンドライトだけを灯した。これでバレないだろう。闇が濃くなった。気味悪いがいまは仕方ない。
まずは…そうだ。学校図書館だから地方伝承の類とかあるはず。図書検索システムでザッと探してみると、貸出カウンターの棚でみつかった。随分カビくさい古い資料だった。表紙に貸出不可の印がある。
『結界怪異(むすびのけがれ)」
~五人揃わねば村ごと呑まれ~
古老が曰く。
その昔、山間の寒村に「結び堂」という祠があった。そこでは年に一度、村の若者五人を選別し「白糸さま」に結びを捧げる儀式が執り行われていた。
五人は互いの手首を白い絹糸で縛られ「五人揃ってこそ一帯」として祠に一晩中閉じ込められる。無事に朝を迎えれば村は一年の災いを免れるとされる。
だが一人でも祠より、怯え逃げだせば「結び解けた、絆汚れた」そう唱える声とともに、白糸が絡んだ者たちの姿が、村落から順々に消えてゆく。
消えし者の名は、戸籍や石碑から消えその後、誰一人と想い出せなくなる定めなり。村ではこの怪異恐れ「五人結び」乱さぬよう気を配ってきた。
例えば幼少から同じ釜の飯を食わせる、同じ神棚に名を記す、誕生日に五人分祝い膳を供えるなど、独りであってはならぬ、といった文化が根付いた。
いまではその村落は廃れ地図からも消えたが、山中の廃祠に迷い込んだ若者グループ五人が、白い糸に縛られて消えたという都市伝説だけが伝わる…』
結界怪異は確かに存在していた。
しかしそれ以上の記述はなかった。
そこで古い地元タブロイド新聞をサクッとあさる。行方不明記事を探るうち、とある名前を発見し目が釘付けになった…
「ぁ…この結崎玲奈は、確か…」
それは彩乃の姉の名前だった。そして彼女の名前の隣には、他の生徒四人の名前が並んでいた。名前をメモにとる。彩乃が知っていると言っていた五人だ。これで曖昧だった話のウラがとれた。
「この五人が四年前に消えた、というメンバーなのか。これだけの大事件が、噂にすらならない…?」
ならばこの怪異事件の始まり何時からなのか?ページをパラパラめくり続ける。さらに過去の記事に遡ると、五年前…六年前…十年前にも同じように、五人組失踪事件が起こっている。なんてことだ…そんな馬鹿なっ!
「おい、おい、おい…これ。どこまで続くんだ…?」
たかしは戦慄する。この怪異は連綿と繰り返されている。連続集団失踪なんて初めて聞いた話。そんなことってホントにあるのか?いまだ信じられない。
「この事件を解かなければ…俺たちも…消される」
たかしは手にした古い新聞握りしめ、背中に冷や汗を感じながらも、震える手で更に古い記事に目を走らせた。目に付く関連記事を次々メモってゆく。
二十年前の記事「…近隣の山で五人の若者が、キャンプ中に行方不明。現場には不気味な円形の焼け跡だけが残されていた。何者かの関与が疑われ…」
三十年前の記事「…また五人が夜の神社で神隠し。突然姿を消したとされるが、社務所関係者は何も語ろうとしない。警察発表によると夏祭り中の…」
そのすべてに共通していたのは「五人組」という人数と「不可解な失踪」という事実だけだった。警察の捜査記録も関係者の証言も、何故かどこかで途切れており、事件の真相はうやむやになる。
これは明らかにおかしい…まるで、誰かが意図的に“事件記録”を消して回っているみたいだ。
…たかしの脳裏に冷やかな声が蘇った。
「秘密知った者はなぁ、必ず巻き込まれるぞぉ…」
数日前のことだった。町外れの古書店でやせ細った老店主がいった言葉だった。あの時はありガチの都市伝説の類だと思っていたけれど。
それが、いまはもう当事者だ。そう言えば、我が校には小規模ながらも文藝部があった。部室はこの図書館と兼用となっている。
だから文藝部が拵えた同人誌の類も保存されていたはずだ。文藝部のラックから年代にあう冊子を探し出す。暫くパラパラ捲ると…見付けた!
『陸上部、ジャマイカの女豹か!
文藝部部長 矢崎誠
午後のトラックは冬の光に冷たく輝いていた。空気は張り詰めスタンドの喧騒も遠くただ風の音だけが耳をかすめる。「位置について!」そのかけ声とともに一人の少女が静かに腰を落とした。彼女は結崎玲奈、高校三年、陸上部のキャプテンだ。記録も統率も競技も、すべてを背負う者である。視線は前方に定められ、後方から見た姿は、まるで南国の女豹のようだった。
ノースリーブのユニフォームに包まれた背中は薄く、脂肪という余白は一切ない。肩甲骨が美しく張り出し、腕から背中、腰、そして脚へと、筋肉の流れが滑らかに連なる。すべてが走るためだけに削がれ磨かれた肉体。鍛え上げられた脚のラインには一切の無駄の余地がない。地面にスッと添えた指先も長く軽くしなやかで、しかし確かな力が宿っていた。その時、団子に束ねられた長髪が背中でふわりと揺れる。その動きすら結崎にとってはスタート前のリズムの一部となるのだろう。
スターターの「用意!」の声が掛かる。玲奈の腰が沈み重心がスッと前へと移動する。空気が一瞬止まり時が凍ったかのような静かな沈黙。スパッツに包まれた臀部と脚筋が、まるで弓を引き絞るようにギリギリ張りつめている。誰もがそのフォルムには、女子というよりアスリートとしての完成形を感じた。恋愛にも流行にも、彼女はてんで興味がないらしい。ただただ走ることだけが結崎の人生なのだろうか・・その背中には誰にも追いつかせないメラメラした闘魂で燃えていた…』
矢崎パイセンは、随分と結崎玲奈にご執心(粘着厨?)だったことが、エモい描写からヒシヒシと伝わってきた。それ位魅力的で全校憧れの女性だったのだろう…

たかしは根っからのぺぇ~助なので、結崎玲奈のムフフ姿を空想し、暫しそれを愉しんでいた。「ガタンッ!」突然、背後で本棚が揺れて埃が舞った。思わず振り返る。暗闇でよくみえなかった。
「誰か…いるのか…おい!」
応える者はいない。ただ静まり返った図書室に、たかしの荒い呼吸音だけがした。その時、捲っていた古新聞の一枚が不自然にひらりと舞い落ちる。床に落ちたその紙面に映っていたのは・・
「…昭和47年。神隠し事件、失踪した高校生の5人。そのうち判明した氏名は、結崎玲奈さん…」
「なん…だと…?」
一気に血の気が引いた。彩乃の姉の結崎玲奈は、四年前に消えたはずだ。ではこの昭和47年の事件に載っている、同姓同名の結崎玲奈は誰なんだー??
時空を越えて同じ名前の同じ姿の少女が現れ、そしてまたも消えている。
「もうこれ、都市伝説なんてもんじゃないぞ。もっともっとヤバい仕組まれたワナだ…どうする?」
たかしは、腕を組み暗い天井を見上げる。いますぐにでも彩乃に逢って、この一件を話さねばならないな…いや待てよ…そうじゃないな…考えあぐねた所で、彼のスマホに通知がポンと届いた。薄暗い机の上のスマホに、青白い光が浮かぶ。
「件名:警告!本文:つぎ あなた です」
ワナワナ手が震える。ディスプレイに浮かぶ差出人は…不明。添付ファイルには、たかしと友人たちが並び撮った写真。そこには5人の姿があった。まるでこちらを見透かしたように収められていた。
「セレクトされてしまったということか?」
たかしの瞳に覚悟の光が灯る。指を震わせながらも意を決しスマホの画面をスワイプする。写真を拡大してみると、そこには確かに自分と友人たちが写っていた。しかし、何かがおかしい。
「何だこれ…冗談だろ…」
写真の隅に見覚えのない影があった。それは黒く薄ぼんやりしているが、確かにこちらを見ているようにも思える。いったいなんだろう…たかしは急ぎグループチャットを開き、友人たちにこの添付写真を一斉送信した。
【おい。これ見てくれ!】
すぐに既読がつく。そして二人が即返しして来た。
【誰が撮った?こんな写真を撮った覚えないぞ】
【まて…俺たち、こんなふうに並んで撮ったか?】
仲間たちの困惑した返信が相次ぐ。たかしはますます冷や汗が止まらなくなった。突然、スマホのバイブレーションが鳴り響く。送り主は「非通知」恐る恐る画面を開くとそこには新たなメッセージがあった。
【つぎ…あなた…デス】
添付されていたのは、さっきの写真とは全く違うものだった。たかしは目を疑った。写っていたのはやはり彼の友人たちだが、その中に自分の姿はなかった。その代わりに黒いモヤモヤが、たかしが居た場所に立っていたのだ。
「ん…?コレ、まさかな…」
たかしはガタガタと震える手でスマホを持ち、彩乃に電話をかける。コール音が響き続ける。しかし相手は中々出ない…プツッ…ようやく繋がった。
「彩乃!ヤバいんだっ!いますぐ、学校に来れないかー?!」
受話器の向こうからは、ザザーッというノイズとともに、歪んでうまく聴き取れない声だった。
「…た…にぃ…げぇ…」
「彩乃っ!聞こえない。お前、なに言ってるんだ?」
「…もぅ…ぉ…」
次の瞬間、電話は唐突にプツリと切れた。部屋の中に誰かの視線を感じる。振り向くとそこには・・たかしは凍りついた。幽かに揺らめく黒影があった。どこか彩乃に似ていた、否、彩乃そのものだった!
「ぁ、彩乃…なのか…?」
だが彼女の姿は半透明に透けていて、この世のものではない様子だった。
「ごめんね…たかしぃ…もう…」
彩乃の声は遙か遠くから届くようにかすれていた。たかしの頭の中にとある疑念が浮かぶ。もしかして彩乃はもう生きていないのか?背筋が凍るような感覚に襲われながらたかしは、彩乃の正体について朧気ながら理解し始めた、その時。スタンドの電気がバチィーンと音を立て消え、スマホ画面が勝手に明滅、床がゆらゆら揺れ壁がギシギシと軋みだす。まるでこれは小さな地震、たかしは思わず机にしがみつく。
「ぐぇ!ぬぅ~ッ!」
転がったスマホの画面に、また新しいメッセージがポッと浮かび上がった【残念!】窓ガラスがピシピシッ!と音をたてながら割れ続けた。外部よりドス黒い巨大な腕が何本もスルスルと伸びてくる。
「ッ…くそぉ~!一体、何なんだ…」
たかしは咄嗟に後退するが、背後からも冷たい気配が迫る、そこで振り返る。彩乃の顔が間近にあった。その目は暗く沈み、涙のような黒い液体が頬をテラテラ濡らしている。
「たぁかシぃ…こッチぃ…にキてぇ…」
そう囁くと彼女の両手がすぅーと長く伸びて来た。その手を掴むべきかどうか、たかしにはもう判断がつかなかった。すると別の声も響いた。
「来ちゃダメッ!!」
驚いて自分の真横を見ると、そこにもまた別の彩乃が立っていた。はぁ…はぁ…荒い息をしている。
「え…ぇ…えっ~?」
たかしの脳は大混乱している。部屋に視線巡らせると、さらに別の彩乃がいる。そしてもう一人、また一人と部屋の中に次々と彩乃が現れてくる。

どの彩乃も表情が違った。一人は優しげに天使の微笑み、もう一人は滂沱の涙を流し、また別の一人は憎しみに満ちた狂眼だった。
「なっ、んだ…よっ!これっ…!本物の彩乃は誰だぁ?」
たかしの喉がヒィーヒィー乾いた音を立て、震えがとまらない。すると最初に現れた彩乃が、ふいにクスクスクスと笑い始めた。
「ほンもノォ…?フフッ、なにヲ言っテるのォ?」
笑い声は次第に大きくなり、やがて部屋にいるすべての彩乃が狂ったようにゲタゲタ笑い始めた。
「私たちはねェー!みんな彩乃なのォー!」
「たかしは、どの私を選ぶのかな…?かな…?」
「ほら、ほら、ねぇ、どの彩乃がイイかなぁ??」
声が次第に重なり耳鳴りのように響き渡る。彩乃たちは笑いながら壁や天井を這い回り、ザワザワ異様な動きを見せ始めた。
「やぁ、やめてくれぇえぇ~!」
たかしは叫んだ。しかしどの彩乃も、狂ったように彼を囲み次々と手を伸ばしてくる。
「たかし、私を見てよォ~!」
「たかし、私が本物だよっ?」
「私を選ばなかったら、どうなると思うかな…?かな?」
狂眼の彩乃がキラッと光るナイフを手にし、ニンマリ微笑みながら近ずいて来た。ズルズル後退りするたかし。
「ねぇ、もシ間違ェたら…サぁ、殺シてあゲるねェー!」
「ぎゃあぁあぁあ……!!!!」
狂気の色を宿した彩乃たちにグルリ取り囲まれ、たかしは逃げ場のない絶望の暗闇へと突き落とされて行った。
暗黒の中で。たかしの意識はふわふわりと宙に浮かぶように遠のいていった。耳鳴りはいつしか鈴の音のような涼やかな音に変わり、狂気の渦中で彼は子どものころ彩乃と遊んだ、遠い夏の日々を思い出していた。。
BGM♬.*゚save our ship
https://youtu.be/zQkxW5CjsRc?si=NzNr-H3FDYmfOSFA
▷次のおはなし 結界怪異物語 参話 https://minminzemi81.hatenablog.com/entry/2025/04/14/125806
ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑… ᨒ𖡼.𖤣𖥧๑
(Thank you for reading, to be continued.)
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