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あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ のし

歴史案件

名城「和歌山城の見どころ」決定版!! パート2「和歌山城の歴史と見所」をご紹介いたします【城址案内】

天正十三年、羽柴秀長は紀州攻めの将として参陣。紀州平定後に紀伊・和泉の二ヶ国を加増された。そしてこの地に目を付けた羽柴秀吉が、弟 秀長に築城を命じたのです。秀吉自ら城域を選定し縄張りを行ったといわれ、普請奉行に藤堂高虎を任じ、約一年で縄張りを完成さ…

明智光秀が襲撃した本能寺。そこから四百キロも離れたお寺にある「信長の首塚」ナンですのん?!『富士山 西山 本門寺』パート1【歴史案件】

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公である、明智光秀。「本能寺の変」は永遠のミステリーと呼ばれ、いまだ多くの歴史ファンを引き付けます。その明智光秀が本能寺の変において、犯した最大のミス「信長の首がみつからない!?」この謎を考察してみたいと思い…

名城「和歌山城の見どころ」決定版!! パート1「お花見(桜と紅葉)の歩き方」ご紹介いたします【観光案内】

徳川御三家のひとつとして、紀州徳川家は五十五万五千石を領しました。和歌山城は市街中心部に位置する、標高約五十メートルの虎伏山に建造され、その天守からは眺望よく、和歌山市街を360度ぐるりと見渡すことができます。北を流れる紀の川、西には紀伊水道が望め、…

明智光秀が愛宕山にて決意表明しました。ホントですかぁ?!『愛宕百韻』について【歴史考察】

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公 明智光秀。本能寺の変は「永遠のミステリー」と呼ばれ、歴史ファンを引き付けます。光秀が愛宕山で初めて「謀叛の意思表示した」と云われています。 <愛宕百韻 あたごひゃくいん> ときは今 あめが下知る 五月哉 天正十…

乾坤一擲 大坂夏の陣!! 史跡 「茶臼山公園本陣跡」にて「大坂夏の陣 家康死亡説」なるものを知る。 大阪 天王寺【歴史案件】

大坂夏の陣にて、あの徳川家康が戦死していたという「衝撃的な事件」とは!? いや“怪情報気味”ではありますが、それはソレ。歴史では狸おやぢこと家康さんは、元和二年四月十七日に御歳七十五にて、駿府城で亡くなった。これは史実ですね。 実は…この時に死んだのは“…

紀州街道をゆく(1) 古寺巡礼 あじさい寺で有名「長慶寺」を往く【お墓まいり】

いまは四月の終わり、ワタシは空を眺めながら考えていた。 平成時代最後に、すべきこととは何か?!「ん~むゅ、そ~だっ!」ふと思い立った。そう、思いたったんだから仕方ない。 このGWを利用して、菩提寺にでも息子を連れて行くか。まだ連れていったことがなかった。ウ…

戦国武将列伝 大和五條に松倉重政という“マカフシギ”な殿様がいました【歴史人物考】

松倉重政は奇妙な戦国大名。五條新町地区の礎を築いた名君と、称えられるその一方で「島原天草一揆」の原因をつくった“史上最悪の殿様”とも酷評されています。 それは何故なのか?! 重政は“関ヶ原の戦い“に参陣し、軍功により「大和五條 一万石 二見城主」となっ…

幕末日本であった“最後の仇討ち”の意外な裏ばなし 和歌山 紀州街道において【幕末仇討伝】

藩士の廣井大六はとある諍い事から、傍輩の棚橋三郎に切られ、さらに川に投げ込まれ絶命したと云う。 そしてその棚橋三郎は土佐藩を追放されたのだが、大六の息子 岩之助は父の仇を討つべく“棚橋三郎を探す旅”に出ることとなった。 しばらくして、棚橋が和歌山藩の…

もうひとつのラピュタ「深山砲台跡と海軍由良水雷隊基地」山中迷走!ドタバタ探検記!!和歌山市加太【戦争遺跡】…Part2

南海加太線、加太駅前にいた。少し蒸し暑かった。今年の夏はきっとギラギラ熱くなる、そんな予感がする初夏の頃である。しばし給水タイムをとる。加太駅前から「紀州加太休暇村」まで無料送迎バスが出ているのだが、それに乗るために我々は時間調整していた。結構暑…

もうひとつのラピュタ「深山砲台跡と海軍由良水雷隊基地」見所満載、ドタバタ探検記!!和歌山市加太【戦争遺跡】…Part1

明治時代の海軍が「由良水雷隊」を編成し、加太の北側にある深山の地に極秘理に水雷基地を構築していたと云う。 朝鮮半島をめぐり日清両国がシノギを削っていた時代。 その先には帝国ロシアの影が常にあった。 明治二十二年に大日本国憲法公布し、帝国議会を開設…

噂の「野口英世の母シカの手紙」を読んでみたら・・・【感動した話】

千円札になった偉人「野口英世」は、勿論知っていた。でも、その母親「野口シカ」は、まったく知らなかった。その手紙には感動で、涙が止まらなかった。野口シカの人生とは…まさに会津の女。野口英世が一歳半の時、囲炉裏に落ちて大火傷を負ったことを、シカは生涯に渡…