minminzemi+81's blog

あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ ノシ

あの清少納言の「枕草子」を、紀州人の「ピローノート」として方言化してみた結果【方言考察】

 

藪からStick!「枕草子」を紀州弁へ翻訳する試み

 

 

春は  夜あける 前やいて

ちょっとかいずつ  白なっちゃぁら

山の  はしこい  とこやで

まちっと  明なったら  むらさきのすじ雲

びろ~ん  びろ~ん  やでな

 

 

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夏は  夜じょな

お月さんも  出ちゃぁら

暗いとこ  蛍もようさん  翔んじゃぁらよ

ほいて  ひとつ  ふたつ  ぼさ~と

光っちゃぁうの  おもしゃいで

雨ふっちゃうも  おもしゃいよぅ

 

 

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秋は  夕方やして

夕日も  山のはじっこ

烏が吾がとこ  いぬよって

みっつ  よっつ  ふたつ  みっつ  飛んじゃぁらょ

ほいてよ  雁ら  連て

ちっこなっちゃぁらよ

おひさん  沈んだらよ

風の音や  虫の音やら

がいな  ことやいて

 

 

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冬は  はよ起きなぁよ

雪 ちょろ  ちょ  降っちゃぁたら

ええ塩梅じょな

霜の白いんよ  ほいて  寒いんじょ

火起こし  あわてらよぉ

あでぇ  炭の火もって  歩いてら

おまんら  そえなぁ

昼に温なったら  火鉢かて

白い灰だらけやしてな

おもしゃいことに  なっちゃぁらよ

 

 

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ガッコで習う「枕草子」一段目、いとおかし

 
春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際
少し明かりて 紫だちたる雲の 細くたなびきたる
夏は夜 月のころはさらなり 闇もなほ 蛍の多く飛びちがひたる
また ただ一つ二つなど ほかにうち光て行くもをかし 雨など降るもをかし
秋は夕暮れ 夕日の差して 山の端いと近うなりたるに
烏の寝所へ行くとて 三つ四つ 二つ三つなど 飛び急ぐさへあはれなり
まいて 雁などの連ねたるが いと小さく見ゆるは いとをかし
日入り果てて 風の音 虫の音など はた言ふべきにあらず
冬はつとめて 雪の降りたるは言ふべきにもあらず
霜のいと白きも またさらでもいと寒きに
火など急ぎおこして 炭持て渡るも いとつきづきし
昼になりて ぬるくゆるびもていけば
火桶の火も 白き灰がちになりてわろし

 

youtu.be

 

紀州弁は不思議な言葉。千年前の雅な古語が“ママ保存”されている

 

かなり前から「方言がプチブーム※1」らしいのだ。土地々で聴く方言は、日本語の魅力のひとつでもありますが。しかし日本語の難しさのひとつに「方言が多過ぎる」と、ある外国人が言いました。

「ふむ、ふむ。そらそうだよなぁ・・」

我々日本人でもかなり厄介なハナシだしね。例えば「鹿児島弁※2津軽弁」のふたりが出逢い会話しても、まったく言葉が噛み合わず理解すらできない…同じ日本人とは思えない位、乖離(かいり)している日本の方言。島国で数千年もの歴史を重ねれば、言語はひとつに集約されそうだが現実はまったく逆方向なのです。

日本の伝統文化や話し言葉は、おおよそ中央(京)から地方(田舎)へと伝播してゆく。ひとの流れと共に言葉(文物)が伝わり、地方詞としてそれぞれの土地に保存される。ならば奈良・平安京に比較的近い「紀州、和歌山弁」のヘンテコさの正体とは、いったいなんだろう?何だか不思議だよ!で、これを思うに、奈良・平安時代から連綿と続いたと云う『熊野詣』が影響を与えているのではないのか。紀州を訪れた都ビトの「コトバの置き土産」その結果、なのでは?ワタシはそう考えた。紀州弁のおおもとは「古代の超イケてる言葉✨」だったのだ…そうに違いない!

(※1 特選、富山弁のご紹介です。『ちんちんカイカイ』富山行ったら、ぜひともJKさんから直接聞いてみたいですねぇ!言葉の意味は「正座しなさい」らしいけど…)

(※2 薩隅方言や鹿児島弁で「ゴラ」とか「コラ」これはべつに怒ってる訳でなく「you、あなた」の意味でした。明治の警察官は薩摩の下級武士が多かったから、話かける時にぶっきらぼうに「オイッ!コラッ!」とずいぶんエバッているヤ~な感じだったとか。逃げるドロボーに「おい、コラッ!待てぃ~!」と叫べば…やっぱ、少し恐いな💧)

 

いまに伝わる一例を書き記し、少し考察してみました

 

あがら(Agara)

 

例文「あでぇ~あがら、和歌山やしてぇ」

 

意味 [あがら=自分自身のこと]「私は和歌山出身です」

 

吾が(あが)、我が(わが)、など古代より自人称として。

吾が名は厩戸皇子であ~る」←イイ感じ!

[出典] 日出処の天子

 

あかい(Akai)

 

例文「昼はまっと、あかいやしてよぉ」

 

意味 [あかい=明るい、明るくなった]「昼にはもう少し明るいですよ」

 

古文「春は曙 やうやう白くなりゆく山際 すこしあかりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる」

[出典] 枕草子

 

ある(Aru)

 

例文「海に魚、よーけあるでなぁ」 

 

意味 [ある=いる]「海には魚が、たくさんいます」

 

古文「昔、男有りけり ならの京は離れ この京は人の家まださだまらざりける時に 西の京に女ありけり その女 世人にはまされりけり」

[出典] 伊勢物語

 

うたとい(Utatoi)

 

例文「こえ、うたといことやでぇ」 

 

意味 [うたとい=面倒な]「これは、うっとうしいですよ」 

 

古文「もとの住みかに帰りてぞ さらに悲しき事は多かるべき しかしかのことは あなかしこ 跡のため忌むなることぞ など言へるこそ かばかりの中に何かはと 人の心はなほうたて覚ゆれ 」

[出典] 徒然草

 

こまる(Komaru)

 

例文「あれ、歯になんぞこまっちゃぁら」 

 

意味 [こまる=挟まる]「あ、歯になんか挟まっています」 

 

古文「雀の子を犬君が逃がしつる 伏籠の内にこめたりつるものを とていとくちをしと思へり このゐたる大人 例の心なしの かかるわざをして さいなまるるこそいと心づきなけれ」

[出典] 源氏物語

 

ずつない(Zutunai)

 

例文「こえよ、ずつないよって、食べられやん」 

 

意味 [ずつない=なす術なし]「これは美味しくない、食べられませんよ」 

 

古文「思ひ寝に聞けば  ひしひしと ただ食ひに食ふ音のしければ ずつなくて  無期ののちに「えい」といらへたりければ 僧たち笑ふこと限りなし」

 [出典] 宇治拾遺物語 

 

まだまだコトバあらまほしきれども、いかんせん出処探索やら思いのほか難渋につき、止ドムに蹴るかも、いとおかし。糸のお菓子?何それ美味しいの?いうよねぇ・・😁ははっ

 

〈追記〉これは、未確定情報なり〜謎な紀州弁『ころもしょ』とは、何か?!🤔コレ思うに古語ではアルマーニ平安時代の貴族服に「きぬ衣」があり、「御衣+しょ=衣所」紀州弁の意味では、「とても⤴︎良いモノ」となる。

古文「春過ぎて 夏来たるらし 白栲の ころも干したり 天の香具山」

[出典]万葉集 二八

 

清少納言は千年前のブロガー、感じたことを(皮肉こめ)つぶやく

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枕草子を書く

枕草子が成立したのは、だいたい西暦千年頃のこと。一条天皇をめぐる「藤原道隆🆚道長対決」がひとまず決着して、道長一条天皇外戚マウンティングしまくり、権勢を欲しいままにしていた頃であ~る。

「我世の春が…来たぁぁぁ~!!」By 道長

一方、よくやった清少納言!このビミョ~な時代に(ん?…だからなのか)よく記録したもんだ、これはそうとう偉いね。古代レジェンド✨

 

当時の藤家権力闘争の図式

▽カンタンに相関図するとこんな感じだった。こりゃマジ勘弁やでぇ!汗

藤原 赤コーナー (道長>彰子>紫式部)
一条天皇】「板挟み困ったニャン💦」
藤原 青コーナー (清少納言<定子<道隆)

 

いまだ分からない“まくら”の意味?清少納言作『枕草子』書名の謎!

 

枕草子」この名称で呼ばれるようになった時代には普通名詞だったらしい。そして執筆動機などについては、巻末にある一文によって推量されてきた。その執筆の動機および命名その由来。内大臣の伊周が妹御 中宮定子と一条天皇に、当時かなり貴重だった「料紙を献上」した時の逸話から。

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枕草子絵巻「淑景舎、春宮に参り給ふほどのことなど」の段

定子は清少納言に聞く「帝の方は『史記』を書写されましたが、こちらは何を書こうかしら…」と。下問を受けた清少納言は少し考える。『枕にこそは侍らめ』(三巻本系による)と答した。すると定子は「ではおまえに、与えよう」とそのまま料紙を、清少納言に下賜された。

現代語訳「マクラにしませう!」定子と少納言ちゃんは、相当仲良しだったようですね。それで「枕草子の名称」はここから名づく、というのが従来の通説(古典BBA説)となっています。しか~し「肝心の『枕』とは何を意味するのか?」については、古来より研究者の間で論争が続き、いまだに解明をみないらしい。デンデン♪

(※この時代の和紙はとても高価な物で、歴史とかお経など描き写すのが定番だった。ましてつまらないこと「落書きとか漫画とか」笑。使うなど考えも及ばなかった。もう少し時代が下がらないと「カエルの相撲」などは登場しない) 

 

チーム百人一首、背番号六十二番「清原諾子、行きマ~ス!!」

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清少納言

清少納言のかの有名な…返歌。大納言行成が夜中にそそくさ帰ってしまい、翌朝手紙を寄越した。それに清少納言は、また返歌を返す。

『夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ』

このうたは地名の「逢坂」と男女の「出逢う」を掛けている。いまで言えば届いたツイートを「気の利いたリツイートでやり返した」そんな感じなのですね。平安SNSでは「イイね♡」がたくさんつくのだ。なかなかウイットが利いて、とても利発な女性です。

それで。手に入れた料紙を帝は「史記の書写」すなわち漢文を書いた訳で、そのことを聴き知った定子さんは「ならば…」と、清少納言に促した。「私達は国風、和歌で行きましょうよ♪」と意を含めながら手渡した?この状況考察すれば「枕草子の“枕”とは、うたの“枕詞”を指すのではないかな?」ワタシはそう想うが、どうだろうか。

▽参考図書

枕草子 (岩波文庫)

枕草子 (岩波文庫)

 
枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い (朝日選書)

枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い (朝日選書)

 

追記/少し面白い新説。「史記からの→四季!」おやぢギャグてか。これマジか?

唐風に対し、国風が強く意識されだした時代。帝が料紙に「唐の史記」を書写したから、清少納言が「では、こちらは四季を枕に書きましょうか?」と、当意即妙に応じた。なので「春はあけぼの~」から始まるのは「春夏秋冬の四季」を取り上げたからである、といった説。 (歴史学 五味文彦センセ)

 

▽さてさて、なんか後書き的なもの

 

清少納言は役職名で、本名は清原諾子(なぎこ)らしいが、古代の女性名は確定はできない。「名バレしたらお嫁にもイケな~い」というハナシ?!

○日本語は地方ごとに多彩な方言が残り、とりわけ琉球諸島での方言差はもの凄い。近世中期までは、京ことばが中央語だったが、近世になり江戸方言が地位を高めた。現代日本語は「江戸言葉(山の手方言)」をベースに標準語が造形された。

○日本語体系は外国の諸言語と比べて、とても複雑怪奇!「漢字と平仮名、片仮名」が日本語の主要文字であり、常にこの三種類の文字の組み合わせが、暗号のように混雑し表記することになる。たーいへん^^

國文學wは、マジで苦手なんだけれども。「高校の古典の時間ずっと居眠りしていた奴」が、つい出来心でやっちゃいました…てへペロ٩😜Bye💕

(4,700文字、Thank you for reading.Fun ancient writing!)#なんて素敵な和歌山なんでしょう