minminzemi+81's blog

あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ のし

放送禁止だらけです!「つボイノリオ曲」聞けば聞くほど、艶が出る?! 空前絶後の【閲覧注目】

なわ四月一日なのである。エイプリルフールでもある

ほんじゃあココらで、ホラ話でも一発カマすかな?!う~ん、洞(洞窟)ばなし、ホラー(心霊)話とか…気乗りしないなぁ。まぁ、春の夜話を記すことにする。

 

すこし前、古くからの知人N氏と、車の中でゴニョニョ話をしていた。最初は会社運営とか登記の話とか、オッサンならではの眠ィことtalking Aboutしていたのだったが。

そんなカタい話はすぐ終わる。終わらせる。その後は会社関係の女の話、からの~エロばなへ。何故かコレが鉄板。

でも、ここでは書けないような話が続き、突然「金太の大冒険」の歌詞はイケてるかぁ?となったのだった。何故そうなる?

「知らんがなぁ~」

不思議だよな、昭和生まれてね。ホントほんと。…てな訳で、昭和元禄を代表する“つボイノリオ曲”を再評価し、皆さんにサクッとご紹介するコトにいたします。

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昭和元禄バブリーイメージ

今から三、四十年ぐらい前、昭和時代にはTV放送局がユルユルだった時もあったのである。バラエティ番組でこの曲が流され、女子大生がゲラゲラ笑っていたのである。

そしてカンタンに「放送禁止」指定になった。信じられないかもしれないが、マジ話だよ。しかし、金太が“何故かマカオに行く”だけの歌詞である。何でそうなるの?

ポイントは「NGワードをいかに上手くブッコムか」…あ、いまの若者は分からないか。

例えば嘉門達夫みたいな…カモーン達夫を知らないか?じゃ、初期の所ジョージみたいな…ヤッパ知らない?!

いまでも中部地方では有名人であり「知っているヒトにはウケるが、知らないヒトは眉をひそめる」と言う存在のつボイ先生。まぁ当時それなりに人気と実力のフォークシンガーだったのですね。

 

それぞれの曲には時代背景が存在する、らしい

 

金太の大冒険(1975) 

この「金太の大冒険」は何と「発表わずか二十日で放禁!」業界人(主に芸能界で)にファンが多いという隠れ名曲なのです。

是非ともカラオケで歌ってみたいデスよね。じゃ、論より映像、見つけたので聴いてください。二十世紀を代表する問題作! 「金太の大冒険」張り切ってどうぞっ!

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ネタ的には“金太○”の連呼でしかない。この味わい深いシュールさが果たしてイマドキの若者達のハートを、ジャストミートするのでアルカぽね?!

いやいや、それは無理で御座ろうよ。いまやDKがスマフォでエロサイトグリグリする時代。正統派下ネタソングの深さが、ヒダヒダが、カンタン理解出来るとは思えないな。

 

極付け!お万の方(1976) 

そうだっ、つボイ先生は歴史ネタが得意だった。お次は「極付け!お万の方」です。コチラは何と発表後「六日で放禁!」マジですかぁ―。

注/亀頭古墳はどうやらキトラ古墳の間違いのようです-w

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最後の「おま~ん♡」の絶叫が心に染みる。ウエッティな名曲でしたね。

 

リアル“お萬の方”情報をお届けします 

なんだ「春になって頭湧いてんのか?」思われるのも癪なので、すこし“歴史ネタ”をはさみます。歴史上本当にいたおマンの方とは?!

 

リアルお萬の方とは凄い人

父は勝浦城正木氏。当初は北条氏の人質であったが、御家の事情で上総に戻ることになる。成長した萬は慶長元年頃、徳川家康に見初められ側室となる。「大柄で芯が強い田舎娘」が家康のタイプだったらしい。

お萬は慶長七年、徳川頼宣、さらに翌年徳川頼房を生んだ。この歴史的重要人物(この血統が後の将軍吉宗や水戸光圀に繋がる)の産みの母なのである。

 

お萬の方、武勇伝!でんでん

お萬は日蓮宗を信仰しており、一方家康は浄土宗であった。

宗論(難癖?)対決があった。家康は日蓮宗の日遠を家臣に襲わせ、浄土宗を無理やり勝利させる。この家康のチートぶりに怒った日遠は、家康が禁止した宗論を上申。コレに逆ギレの家康、日遠を磔獄門にしかけた。怖いこわい…

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鳴かぬなら泣くまで待てない徳川家康

するとその話を聴いたお萬の方は、家康に猛然と「師の日遠様が死ぬ時は萬も死ぬ!」と言い放つ。これにはさすがの家康もビックリ驚いて、日遠をすぐ放免したという。無敵マリオモードの家康を凹ましたのである。

 

お萬の方の墓所など

このお萬の武勇伝は当時の大ゴシップだった。時の天皇もこの話にいたく感激し、自筆「南無妙法蓮華経」の七文字を下賜されたという。

墓所は承応三年に徳川頼宣が建立、戒名は「養珠院殿妙紹日心大姉」なので歴史上は「養珠院(ようじゅいん)」と呼ばれる場合が多い。

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海禅院多宝塔

平成十六年(2004年)和歌山の和歌浦にある、海禅院の多宝塔(供養塔)の石室から十五まんこの経石と、お萬の方の遺髪が発見されました。

「十五万個ですよ!」人気(人望)の程が判りますね。

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海禅院の案内板

吉田松陰物語(1976)

はい、では最後に、大感動必至の名曲「吉田松陰物語(1976)」あの松蔭先生をリスペクト!した楽曲です。つボイ先生も艶のアルいい声ですね。

この作品は幕末の歴史も、ラクラク学習できるスグレモノ。「高校生の歴史教材」にぜひ活用して頂きたいものですね。

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付記/2016年につボイノリオ先生は「平成28年度愛知県芸術文化選奨」を受賞。愛知県が芸術文化の各分野において「向上発展に貢献し業績が顕著な個人・団体」に贈られているそうです。マジですか…つボイ先生は4月18日に69歳の誕生日でしたっ。

⇒「69」オメデトウゴザリマッスル!!

 

参考/ラジオ番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』

 

(2200文字)、