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古くて新しい謎に充ちた物語、芥川龍之介の小説『妙な話』について考えてみる【文藝作品⑨】

芥川龍之介は沢山の短篇小説を遺しています。文章の洒脱さはもとより、サクッと読めてなお読み手の心に響く話なんですね。そのひとつ『妙な話』の秘密を少し探ってみました。

芥川龍之介『妙な話』のツボは“謎の赤帽”の正体

 

まずは『妙な話』あらすじ 

 

主人公の「私」は、旧友である村上から“妙な話”を打ち明けられた。彼の妹で海軍将校の妻である千枝子が、夫の欧州出征中に神経衰弱(ノイローゼ)になっていたと云う。中央停車場※1でのこと、赤帽※2に突然声を掛けられた千枝子。その“謎の赤帽”が、戦地へ赴いている彼女の夫のことを、いきなり尋ねるのです「旦那様はお変りもございませんか」と。

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中央停車場の様子 大正三年頃

赤帽が夫の消息を訊ねているのに、千枝子は「最近手紙が来ないの」と答える。するとその赤帽は「旦那のようすを見てきましょう」というのです。さらにその後、再び彼女の前に現れた“謎の赤帽”は、夫が戦地で手を負傷したこと、そして間もなく帰国することまで告げるのだった。後日談として帰国した夫自身もまた、欧州マルセイユで「日本人の赤帽に出逢った」というのですが。果たしてこれは、何を意味しているのか?

(※1 現東京駅。各鉄道別だったターミナル駅の中間位置を選び「中央停車場」を構想、大正3年12月20日に駅開業を果した)

(※2 鉄道駅構内などで、旅客の荷物等を構内から車等に運ぶ職業。ポーター)

 

作品発表された頃の時代性を考える

 

大正時代には「第一次世界大戦」が勃発。「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島サラエボで、1914年6月28日にオーストリアハンガリー帝国の皇太子と妻がセルビア青年に暗殺された。そこから同盟国側ドイツ・オーストリア・イタリアと、連合国側イギリス・フランス・ロシアと、欧州を二分して繰り広げられた大戦争だった。

日本はイギリスと「日英同盟」を結んでいた関係で、連合国側の一員として参戦(大正三年)、地中海にも「第二特務艦隊」を派遣した。なので作中に「A_※」とあるのは、日本の地中海派遣の駆逐艦の何れかである。芥川は海軍機関学校の教官(英語担当)として教鞭を執った経験もあるが「反戦的な作品傾向」にある。当時の陸軍の横暴な様子を「小児のようだ」と自著で酷評したと云う。

(※この当時は軍が著作物検閲をするのが常態だった。検閲によって訂正・加筆・削除された作品が多数存在する。作中の「A_」は、旗艦 明石のことか?)

 

ミステリーや怪奇譚とも少し違う、アダルトなお話

 

芥川作品には妖(あやかし)、物の怪(もののけ)などの「怪奇譚」が沢山あります。不条理な出来事はすべて“奴等のせい”にすれば、話は簡単なのですが…これは明らかに、違いますね。時代を踏まえた「現実世界を見事に投写した物語」だと思いました。

▽ではでは、まずは『妙な話』を読んで下さい。

 

軽く感想文ですよ、以下ネタバレ含みます

 

この『妙な話』は少しずつ少しずつ話にバイアスをかけていき、「同化から異化」させるベーシックな物語手法を採っています。不倫を犯す※1彼女の罪悪感がそういう幻想を見せたのか?しかし帰国した夫自身もまた、パリで日本人の“赤帽”に出逢ったというのですが、いったいこれは何故なのか?

夫も云う「おれはどうしてもその赤帽の顔が、はっきり思い出せないんだ。ただ窓越しに顔を見た瞬間、あいつだなと」…はてさて“あいつ”とは一体、誰なんだ?芥川は、書き進めながら「ほら貴方にも、こんな経験するやも知れませんよ」と、嗤っている。

(※1 この時代は、まだ姦通罪があったのです。1947年に廃止された)

 

ワタシはこう思ったのだが、解釈はひとそれぞれに

 

ワタシの解釈としては「赤帽」は、それぞれ潜在意識下の「私」なのです。嘘偽りのない「赤心のココロ」、それが見えなくなっているのです。

さらに穿った見方をすれば「憲兵※2の赤い帽子(特色ライン)」を暗喩するのかもしれない。「あの怪しい赤帽(憲兵)が、絶えずこちらの身のまわりを監視していそうな心もちがする」これならば千枝子が軽いノイローゼになってしまう現実的な意味も理解出来ますね。

淡々と語られる、どこかぼんやりとした「夫想いの妻君の夢想エピソード」と思わせておいて、展開ラスト四行でアイロニーな結末を用意した芥川は、やはり見事なストーリーテラーですね。

(大正九年十二月 作品発表)

(※2 憲兵陸軍大臣の指揮下にある軍事警察。しかし海軍には独自の憲兵はなく、海軍大臣は海軍の警察案件には憲兵隊を直接指揮できるとしたが、海軍将兵憲兵嫌いは有名だった)

▽活字が苦手な方には、朗読版でどうぞ。

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妙な話

妙な話

 

 

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若き日の龍之介
芥川 龍之介

(あくたがわ りゅうのすけ、明治二十五年~昭和二年七月二十四日没)

本名も同じ、大正を代表する大作家。精神疾患から睡眠薬自殺した。その動機として記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」の言葉はあまりにも有名。辞世の句が「水洟や 鼻の先だけ 暮れ残る」でした。 代表作品『羅生門』『鼻』『芋粥』『地獄変』『河童』など。文藝春秋社主の菊池寛が、芥川の名を冠した「芥川賞」を設けた。これが新人小説家の登竜門となる。

○参考動画/生前の芥川龍之介の姿です。

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(2200文字、thank you for reading.)