minminzemi+81's blog

あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ ノシ

有田蜜柑 誕生秘話「伊藤 孫右衛門」有田蜜柑の礎を築いた男の話【戦国時代】

 

毎年、五月頃になると有田の山々にみかんの白い花が咲き誇り、甘酸っぱい香りが街中に広がります。「全国一の生産量」を誇る有田ならではの風物詩だと思います。

f:id:minminzemi81:20181021221717j:plain

ミカンの花が咲いている

そして九月ともなれば、蒼い「極早生蜜柑」が市場に出回り、秋が深まるに続いて「早生、中手蜜柑」と出荷量が増えていきます。品種には「ゆら早生」「日南1号」「上野早生」「大浦早生」など。

f:id:minminzemi81:20181023114618j:plain

その中で「ゆら早生」は、和歌山県で発見された品種で、果皮が緑色。でも果肉は糖度が高く、さわやか風味なのが特徴です!

 

さぁ、もうすぐ温州みかんの季節到来ですね!なんでも夏の暑い陽射しが、甘くて美味しい蜜柑を育てると言います。今年も、まずまずの作柄ではないでしょうか?

▷みかんの花咲く丘 https://youtu.be/_UFiQcGe_Qc

🍊 極早生ゆら蜜柑

鼻歌♪「みかんの花が 咲いているぅ~ 思い出の道 丘の道ぃ~ はるかに見える 青い海 お船がとおく かすんでるぅ~」有田のみかん畑から海を眺めていると、童謡「みかんの花咲く丘」を思い出しました。

 

有田蜜柑の礎を築いた男がいた

 

有田出身の方の話によると、この地方を“日本一の蜜柑産地に変えた男”がいるというのです。でも、世に名高い「紀伊國屋文左衛門」ではありませんよ。三波春夫先生が唄います。「沖の暗いのに、白帆がぁ~見ゆるぅ~あれが紀伊国ぃ~蜜柑ぶねぇ~♪」

▷名調子『豪商紀伊國屋文左衛門』豪商一代紀伊国屋文左衛門 三波春夫 - YouTube

いや漢、文左衛門・・ではなく。それはまだ世に知られていない、ひとりの男。

その名を『伊藤 孫右衛門』という。

時代は元亀天正あたりの出来事、世の中がガチャガチャ騒乱していた頃ですね。宣教使のルイス・フロイスが「紀州の地には四つ、五つの共和国的な存在があり、いかなる権力者も、それを滅ぼすことができなかった」と述べています。そんな国人衆や寺社勢力が入乱れ、自主割拠していた紀州は有田地方、糸我村でのハナシです。

 

蜜柑で全国的有名な有田地方は、元々蜜柑が無かった・・えっ?!

 

ここ紀州有田地方は「山また山、こりゃまた山、振り返ったら、川か海」と云う土地柄で、水田はなく米が殆ど採れなかったそうな。昔より見るべき産物もなく、食うや食わずの着るものさえままならないという「極貧の地」であった。その有田の糸我村で農業を営んでいた伊藤孫右衛門は、そんな村民の窮状を日々憂えていた。というか、単純に腹が減りすぎていたのだ。人間、貧すれば鈍するのです。

f:id:minminzemi81:20181024233810p:plain

第一村人登場

野良仕事を終えた村人が、立ち話をしている…

「のう、バァさんやぁ、たまには熟鮨でも、食べたいもんじゃなぁ~」

「あでぇ、おぢぃさん、アタマでも可笑しくなったのかぇ、米なんか見たこともねぇぇぇ・・」

孫右衛門は「この地域に殖産を起す」には、何がよいかと色々思案シマクリ千代子だった。荒地を開墾し様々な木を植え試してみたが、なかなか良いものを見出せなかったそうな。そのような時、肥後の国は八代高田(やつしろ、こうだ)の地に『蜜柑』という樹木があることを旅人からツテ聴いた。

何でもたいそう「芳しい香りがする果実」がなるというのだ。さらに「山地にあっても生育し、歩留りも悪くない」とも聞いた。「♪からたち、からたち、から〜たぁ~ちの、花よぉ~」か?その時、何かを閃いた孫右衛門は思わず膝をポン!と打ち、眼がキラリと光った・・

みぃ、蜜柑じゃこれじゃぁ~

欣喜雀躍その神木を是非とも我が手に入れ、この地を「ばぶりぃな国」に変えたいと願うようになった。だがしかし。なんでもその木は「藩外不出、面会謝絶、一子相伝アンタッチャブルな木」であり、おいそれと手に入れられるような代物ではなかったそうなのである。

 

🍊ぷろじぇくと おれんぢ

♪地上にある星を 誰も覚えていない 人は空ばかり見てるぅ~

(※1 熟鮨は和歌山の特産品。鯖・秋刀魚など魚と飯を合わせ、樽に漬け重石をする。数日から数か月あるいは数年間も乳酸発酵させる。乳酸発酵によって味は酸っぱくなるが、雑菌の繁殖を抑えつつタンパク質の分解に伴う、アミノ酸成分の旨みを増加させる料理法で、“寿司の元祖”と云われる)

 

そして孫右衛門は来る日も来る日も、たいそう思案した

 

そして和歌山の上役に相談したが、色良い返事をもらうことはできなかった。だが、それであきらめるようなお人ではなかった。ヘタレではなかったのだ。さても~さても~どうしたものか、想い悩んだ。

和歌山県有田市 糸我町の集落

▷リンク/有田市糸我町
https://maps.app.goo.gl/3kryjZBRCcvqqVpL9

村民の窮状を見るにつけ、オイシイ熟鮨を食べたいという自己要求は、ますます強まってゆく一方であった。それで彼は上役に幾度も願いでて、遂に上役も彼のしつこさに呆れ、彼を肥後の国に遣わすことにしたらしい。そこで上役は思う「しかしのぅ、そう簡単には譲ってくれぬであろうぞ」そこで一計を案じ、彼に一通の手紙を持たせたらしい。その内容は「木の所望は、殖産の目的ではござらぬ。単に盆栽として花実の美をめでたいのよ。よって数株恵与されたし…云々」との内容が書かれていた。これでは「テイの良い詐欺or搾取」である。果たして巧くいくだろうか?

そうして孫右衛門は九州に渡海した。八代高田でのすったもんだの末、ようやく「高田小ミカンの苗木二本」が彼に与えられた。孫右衛門は、念願のみかんの木を手に入れた!「イェイ、ゲッチュ~!」それは天正二年のことでござった。

(※2 天正二年と云えば織田信長に追放された公方様「足利義昭」が、紀州由良にある興国寺へ逃げ延びてきた頃なのです。興国寺は、金山寺味噌や醤油発祥で有名ですね)

 

ぷろじぇくと おれんぢ

♪名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴むぅ~

地上の星 / 中島みゆき [公式] - YouTube

 

人は皆、徒歩で旅をした。孫右衛門だって歩くしかない

 

しか~し。さらなる苦闘が孫右衛門に待ち受けていた。今日のように交通手段の発達した社会ではない。人は皆、テクテクと歩いて長旅をした。新たなる難題「いかに木を枯らさずに、郷里まで持ち帰るのか?」といった状況が待ち構えていた。彼は孫を慈しむかのよう(そら孫右衛門だけに)、その苗木を大事に扱い、郷里へと持ち帰ったのです。道中は「背中から二本の木がはえた男」としてたいそうな噂に、マヂかぁ?しかし、長旅の故に苗木は枯死寸前、ハラホロヒレハレ状態であったそうな。一本を和歌山の上役に賄賂としてソッと渡し、残りの一本をようやく糸我村へ持ち帰った!「ばぁ、ばぁさん…ただいま」バタッ!和歌山の木は当然の如く枯れてしまったが、糸我で植えた苗木の方は孫右衛門のたゆまぬ努力と熱情により息を吹き返し、唯一この地に根付いたのである。俗に言う “Dreams come true” ついに願いは叶った・・かに思えた。

ところが、一難去ってまた一難、更なる難題が待ち構えていた。ピンチの連続波状攻撃だぁ・・

 

地場産業と育成してゆくには、繁殖させねばならないですティニー

 

次の難問は苗木の繁殖であった。苗木を増やさねば殖産は叶わないのだ。「繁殖させることこそ、重要!」なのです。農業立国、アグリ産業の命題。「産めよ~増やせよ~金に成る木」孫右衛門は、有田に自生していたという「橘の木」に接ぎ木を試みて、ようやく見事成功させた。これで沢山の苗木を産むことも出来るのでした。やがて数年が過ぎ去った・・

遂にその夢にまで見た果実を、得ることができた。「実の麗しきこと、また美味なこと」は、他の果実の遠く及ばないところであったといいます。

f:id:minminzemi81:20181024224816p:plain

果実は得られ苦労は報われた

いまで例えれば「メロンより<<マンゴーより<<蜜柑🍊LOVE♡」ですかね。孫右衛門は、さぞや有頂天だったに違いない。孫右衛門の熱意とその果実のすばらしさに、周囲の村人達も大絶賛開催中!です。そして驚いたことに孫右衛門は、栽培方法を惜しげも無く近隣の「保田庄、宮原庄、田殿庄」にも教え、有田地方を密柑産地として興産せしめた。さらに紀州浅野、続き紀州徳川家の庇護のもと、作付面積もドンドン拡大されてゆく。ようやくここに、貧困地有田を窮状から救い、豊かな大地へと変える「一大蜜柑産業が産まれた」のでした!

👏拍👏手👏…めでたし、めでたし、と。

f:id:minminzemi81:20181025225212p:plain

♪行く先を 照らすのは まだ咲かぬ 見果てぬ夢

遥か後ろを 照らすのは あどけない夢

旅はまだ 終らない…

ヘッドライト・テールライト - YouTube

文中引用した楽曲「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」どちらも神曲✨です。まさに孫右衛門、江戸時代のプロジェクトXだ!

 

柑橘栽培の起源と小みかんなど、こぼれ話詰め合わせ

しかし、ふと想う。「この話はホントのことなの?」起源は諸説あるようです。現在の「有田市糸我町 中番」で紀州藩の委託を受けた、伊藤孫右衛門が栽培したのが始まり・・というのが、やはり“一番の有力説”とのことなんです。

 

🍊曰く、神話時代(十一代垂仁天皇)に、田道間守命(たじまもりのみこと)が中国南部より持ち帰った「非時香果」が、現在の「海草郡下津町」に移植された。その後、有田地方に「橘」として徐々に広まったと伝わります。※3

(古事記 日本書紀)

 

🍊またある説。永享年間(1429年~1440年)糸我町の神田池のふちに、橘が一本自然に生えており、年々実を結び蜜のような味であったことから「蜜柑」と名付けられた。その後、各地方へも広まった。

(糸我社由緒)

 

🍊天正二年(1574年)今回のお話に登場した、糸我の地頭「伊藤孫右衛門」が命を受けて、はるばる肥後八代より「高田蜜柑(小みかん)苗木二本」を持ち帰った。その後、各地方へ広まった。

(紀州蜜柑伝来記)

 

🍊 「小ミカン」とは日本に最初に伝わった品種。肥後国八代に中国浙江省から小ミカンが伝り「高田みかん」として栽培された。のちに有田に移植され大発展したことから「紀州蜜柑」の名で全国に広まったという。

f:id:minminzemi81:20181021220314j:plain

たわわに実った早生みかん種

🍊江戸で小ミカンが高騰していた。その話を聞いた「紀伊國屋文左衛門」が、紀州から船で蜜柑を運搬し巨大な利益を得たとされる「文左衛門伝説」でも有名ですね。和歌山の湯浅に「紀伊國屋文左衛門生誕の碑」がある。

 

🍊温州みかんが忌み嫌われたのは「種がないから」とか。子孫が絶えるコトを嫌った「縁起かつぎ」のため。時代は移りいまや栽培種のほとんどが、いまある甘くて美味しい「温州みかん種」となっています。 

 

🍊有田の地はその昔「安諦(あで)」と呼ばれていた。ところが平城天皇の名である「安殿」に似ているので「ありだ(在田)」に変えられたそうです。さらに安諦も含めて有田という地名由来に「荒れた川」からきたという説もあり。

 

🍊江戸時代、和歌山城にあった有名な「三宝柑」。その味をいたく藩主が気に入り、「藩外移出禁止令」が出たほどだった。名前の由来は「三方」に載せて、紀州の殿様に献上されていたことから名付く。

 

そして蜜柑はとても甘く、高価なフルーツに進化した✨

 

🍊昭和時代なら当たり前だった「コタツみかん」籠にオレンジ色の蜜柑が盛ってある風景。コタツにこもりムシャムシャ食べるのが、冬の幸せパターンだったねぇ~♪

 

🍊もちろんいまは「薄皮、種無しの温州みかん」です。いまや伝説の小ミカンはお正月の鏡餅の上に、チョンと乗っている位しか見かけなくなった。

 

🍊新堂地区で生産されたもの⇒「新堂みかん」湯浅町田地区で生産されたもの⇒「田村みかん」と呼ぶ。“有田ミカンのトップブランド”としていずれも高名である。お値段もそれなりに。

 

🍊ブランド蜜柑は、有名百貨店や高級フルーツ専門店に並び、とても高価で販売されている。味は「芳香と濃厚な甘さ」があり、近年、諸外国からも大注目されています。

f:id:minminzemi81:20181024233519p:plain

幸せのコタツみかん

(※3 長めの引用注釈。“日本人に一番身近で親しみのあるのが蜜柑の愛称で通用している「温州みかん」である。そしてその本場とされているのが、和歌山県の有田であり「有田みかん」である。みかんが市場価値をもってから450年余りが経過し、有田地方の農業といえば「みかん栽培」が大宗を占め、天下に冠たる特産品となっている。長い歴史の間では品種改良等があったとはいえ今も変わらぬ消費需要があることは、日本の産業史でも特異な存在であろう。日本書紀には、11代垂仁天皇の御代に、新羅国から帰化した子孫、但馬の国出石の住人「田道間守」は病気静養中の天皇の勅命で、遥か南方の常世国(中国大陸南岸)に旅立った!彼国に「非時香菓、トキジクノカグノコノミ」という果物が年中実っており、それを食べると延命長寿の効果があるらしく、その果物を採りに行くこととなった。そして苦節10年。田道間守は南方の海上常世国を探し求め、ついに香菓「橘」を得て帰国する。都に着いた時は、10年を経過していたので帝は既に崩御していた。田道間守は帝の存命中に使命を果たせなかったことを残念に思い、御陵に「橘入手の報告」した。「香菓」を手に入れた常世の国の気候風土に似ている土地を探し求め、熊野街道沿いの下津町橘本(旧海草郡加茂村)に橘を植えた、と云う。田道間守は死後ここに祀られ「橘本神社、御神体」となった。この田道間守の植えた「橘」が紀州蜜柑のルーツ。田道間守は”蜜柑の始祖”として10月10日を「みかん祭り」として、蜜柑の関係者が集まりお祭りする。これは昔は「果物」を「菓子」といい、全国の製菓業者がお詣りするようになり、神社では毎年4月3日に「菓子集り」を開催する”和大のセンセの話)

今年冬には「コタツみかん」やりたいな♬.*゚これにて『有田蜜柑 誕生秘話』一巻の終わり。

 

わぁ(っ'ヮ') (( 🍊

 

[おまけコーナー] ちょっとイイ感じの話です

 

▽文豪 芥川龍之介の傑作短編に『蜜柑』と云う、とても爽やかな作品があります。わたしの大好きな作品なのです。ラストで蜜柑がとても鮮やかな色彩を放って登場します。

朗読/窪田等氏、渋いええ声。

窪田等 朗読『蜜柑』作:芥川龍之介 - YouTube

作者:芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、明治二十五年~昭和二年七月二十四日没)

○本名も同じ、大正を代表する大作家。精神疾患から睡眠薬自殺した。その動機として記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」の言葉はあまりにも有名。辞世の句「水洟や 鼻の先だけ 暮れ残る」でした。

○代表作品『羅生門』『鼻』『芋粥』『地獄変』『河童』など。文藝春秋社主の菊池寛が、芥川の名を冠した「芥川賞」を設けた。これが新人小説家の登竜門となる。

▽美味しい「有田みかん早和果樹園、味まろしぼり」濃厚な絞りたてのジュースです。お土産にピッタリだと思います!美味~い!

⇒Link/ホットな“みかん産地”のリンクです

早和果樹園⇒ 和歌山有田みかん、味一しぼりの早和果樹園

JAありだ⇒ http://www.ja-arida.or.jp/index.php

参考文献/ウキペディア、JAありだ 、早和果樹園 、和歌山県観光振興課

(6,200文字、Thank you for reading.bon voyage.) 今週のお題「人生最大のピンチ」

推し!「友ヶ島 関連ブログ特集」和歌山市 紀淡海峡 友ヶ島【まと👀ます】

 


ヒトはとかく“何か”を求め「旅」に出たがるもの

 

つまんない日常を飛び出し、非日常に我が身を置いてみる。そして未知の土地を、ひたすら尋ね歩く。あげくヘトヘトとなる。そして求める“何か”は発見するのだが「謎」は読み解けないまま「とほほ気分」で旅を終えるコトに。

それでイイのだ!

なのでまたも“新たなる旅”に出る訳なのだね。いやはや、何やってんだかね。世の中には「自分探しの旅」に出るヤツ迄いるらしい。オイオイ、旅行なんかで自分探して、ド~すんだい・・?

それでもイイのだっ!

🎶Summer Joe Hisaishi - Summer - YouTube

「そうだっ友ヶ島、行こう!」

というわけでぇ~友ヶ島総軍推し!

𓂃𓊝𓄹𓄺  𓂃𓊝𓄹𓄺  𓂃𓊝𓄹𓄺 

 

😎「いやぁ、かなんなぁ~そうかいな~」

🙄「最近イチオシ!伸びて漫画なぁ~!」

サマータイムレンダ』おもしゃいやん

春先のこと。「サマータイムレンダ、和歌山観光大使となった!」とりあえず、再告知しとくで。

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島ゆーたら、何ですか?」

🙄「昔からユーレイ話、ありますねん」

😎「え”~ほんまか、キー坊?!」

🙄「誰がキー坊やマジやで」

ホンマにあった話やして、こえな・・

とある場所で写真を撮っていた。すると、不思議なものが写っているではないか!一体これは、何なんだろうか・・😱!?

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島のな、裏話みたいなモンやろ?」

🙄「キミ、ウワサ話好きやなぁ・・」

😎「ぜぜこ、ぜぜこっ!」💰👌

信じるか信じないかは、あなた次第!

江戸時代に紀淡海峡で大暴れした海賊「つむじ風剛右衛門」の隠し島という、お宝伝説✨がいまに伝わります。

minminzemi81.hatenablog.com

😎「友ヶ島渡るの、船出せんゆーた船頭さん」

🙄「船頭さん、古いなぁーキミ。船長さんや!」

😎「キャプテンやな、エーゴでな!白帽子」

海が荒れた時には、別のエエとこあるよ

明治時代の海軍が「由良水雷隊」を編成し加太北方の深山の地に、極秘理に「水雷基地を構築」していた話を探る。

minminzemi81.hatenablog.com

 

余録😆旅行先魅力度、第1位は・・和歌山県!!

 

パチ👏パチ👏とりま、めで鯛のう。前回、和歌山県は8位だったが、今回ブッチのランクアップ⤴︎しての堂々全国1位となった!沖縄、北海道抑えての一位とは、こりゃスゴい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4d88e127aaf6fc02a4c0d20d81605e6d25594002?page=2

「子供から大人まで楽しめる。パンダ、高野山、抹茶ソフトクリーム・・」ありゃりゃ、なんかチャウやん。

高野山はともかく🐼パンダは和歌山?

世界的な宿泊施設予約サイト「Airbnb」では、全世界中で『2019年に訪れるべき19の観光地✨BEST19』(下図)に、日本国内で唯一「和歌山県 Wakayama Prefecture」が選ばれている。このコトの意味・・

▽コチラは順位ではない(和歌山県観光交流課、資料)

f:id:minminzemi81:20220730150324j:image

(1500文字、thank you for reading.be happy!)お題「うちの自慢スポット」

名作映画、第27作「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」前半パート【大好きな映画⑨】

 

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』街宣ポスター

 

🎥 第27作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(1981年公開)

わたしは大阪生まれで、大阪市内で永く住んでいた関係で「浪花の恋の寅次郎」に、メッサ期待していた。「いよいよ、大阪の寅さん!よしっ!」そして、映画館へイソイソ観に行ったのですね。

大阪ゆーたら通天閣やぁ、🐡看板なくなった哀し
シリーズ初の大阪を舞台にし、東西喜劇界を代表する役者の「お笑い対決!?」かと思いきや、しっとり情感溢れる作品となっていました。

浦島太郎が乙姫と出逢ったぁの巻

今回の乙姫様(マドンナ)は松竹の看板女優、お色気バツグン「松坂慶子」がようやく初出演!そうそう「愛の水中花」だよねぇー♪

 

でも、実のところ「大阪芸者か。この役どころ松坂慶子では無理なんじゃね?」そう思ったけれども・・そうだ、初めて松坂慶子を見たのは『夜の診察室』という深夜映画だった。大映なのに、結構エロってたよな、そんな感想だった。

んで、実際のところ。松坂慶子は本作に乗り気でなく、方や山田監督も“エロい松坂”を嫌っていたらしい。それを松竹首脳が出演の説得したという逸話がある。や・や・や?の「難産気味のキャスティング」だったようで。

𓇼𓆉 ⋆.*・゚𓆉.゚・*.𓇼𓆉 ⋆.*・゚𓆉.゚・*.

さて、お約束「アバンの夢パート」は、浦島伝説のパロディだった。

寅さんNA「昔々、浦島寅次郎は助けた亀に連れられて、竜宮城を訪れ夢のように楽しい日々を、過ごしたのでありました・・・」学芸会風タッチ仕上げ。いつも思うことだけど、寅さんは稚拙な変な夢ばっか見てるよネ。いま風にいえば「厨二病の悪夢」ってことか?

タイトル明けは、遥か対馬の海岸、「和多都美神社(竜宮伝説がある神社)」で目覚める。寅さんは捕まった亀を、子供から買取り救ってやる。コレは「乙姫様と逢えます」フラグですよ。寅さん今回は「浦島寅次郎」やからねっ!そやろ。

和多都美神社、三ツ鳥居

まず、とらやでのドタバタ描写あり(お約束タコ社長経営不振ネタ。コレひどいよ使い回しシナリオ)続きまして、舞台はビュンと「瀬戸内、豊島小野浦」での出逢いパートへと飛びますぅ、飛びますぅ!

(※満男役が中村はやと⇒吉岡秀隆に。これ変更点)

序盤の流れは寅さんが、まず「亀」を救った。次に「蛸」をも救った!それに続いて「乙姫マドンナ」も救うはずだよな。

今回のバイのネタ、「アッパッパ」を吊します

渡船フェリーには寅さんが乗っていた。瀬戸内いずくかの離島へ向かう様子。着いたのは大島下島の大長港(大長みかんの産地で有名)。鄙びた港風景で農船が並ぶ。これがイイ風情なんです。漁港で、さっそくバイの準備始めます。「心斎橋か、天王寺の一流デパートで、紅白粉をつけたおねぇちゃんに下さい、頂戴でお願いしたら・・」と、寅さんは口上で「大阪へのフラグ立て」をします!というのは“小物”で大阪フラグを示しているのです。今回のバイネタ「アッパッパ」とは何か?女性の真夏用ワンピースで、通気性よくゆったりなサイズ。大正末~昭和初期にかけ“大阪で大流行”し、その後に全国へと広まったという。ダブダブ、ルーズさがオバちゃんウケしたらしい。

もうヤケクソ!ヤケのヤンパチ日焼けのナスビ!

(※島外に畑を求めて出かける「出作」が古くから行われた。島外の畑へ移動や収穫物運搬には「農船」という木造船が使われていた。いまは橋が懸かり、農船は廃れてしまったようです)

 

いよいよマドンナふみさん登場!

 

〈名シーン!続々〉

港を見下ろす眺めいい場所で、「アンパン&牛乳」を食べるシーン。ここがホント素晴らしい!ロケ班よくぞ見つけたよね。絶景👏絶賛!

(ロケ地は大崎下島⇒豊島へとワープ)

そして、墓場近くにある坂道を歩く美人(おふみさん)を、寅さんが発見する。何かの縁とばかりススッと船虫のように近寄り声をかける。何故か「仏事に強い寅さん」の本領発揮だよ?

寅さん「南無阿弥陀仏・・🙏🏻こんなお美しいおかみさんを残して、先立たれたご主人はさぞかしお心残りだったでしょうねぇお気の毒です・・」

寅さんの強引(カマかけ?)なセリフ。普通の男は、とても言えないよぉ、こんな男前なセリフはね。

おふみ「ふふっ」失笑

寅さん「えっ?なにか・・」

おふみ「うち、主人はいません。これはねぇ、おばあちゃん」お墓の主は、バアちゃんだったぁ

寅さん「うあっ・・おばあちゃん・・おばあちゃん。南無阿弥陀仏🙏🏻」早くも失策だ、ちーん。

二人は、坂道をゆっくり降ってくる

坂道を日傘さし歩くおふみさん。軽く身の上話かわしながら、豊浜港まで二人が歩く流れは、もう100点の素晴らしさだ!じっくり時間をかけて「丁寧に情緒たっぷり」撮影していますねぇ。

ここで「ふみの両親は幼い頃に離婚、祖母に育てられた。この島で育ち、現在は大阪で暮らしている」と、マドンナの過去が少しあかされる。しかし、職業は伏せられたママ。寅さんは「女工とかOL、郵便局員」など当てずっぽうに言うが、顔を伏せ首を振るふみさん。

続く豊島港(浮桟橋)での別れ、とてもいい風情です。「これから何処に行くの?」と尋ねるふみさん。

寅さん「うん?へへっ・・風の吹くままっ、気の向くままよっ!」

おふみ「自由でいいねぇ・・お魚みたいに・・」

最後の最期になって名前を聞く。これも“リリーパターン”だね、もしや勿忘草の別稿シナリオなのか?全編通しリリーシリーズとのイメージがダブります。

港町特有の細く入り組む裏道

おふみ「お兄さん、名前なんて言うの?」

ほらで・た・よ!

寅さん「オレはなっ、東京は葛飾柴又の車寅次郎っていうんだ。人は寅と呼ぶよっ。娘さん。アンタの名前、なんて言うんだ?」

おふみ「浜田ふみ・・」

フェリーに乗船し、盛んに手を振り続ける👋寅さん。去る船をジッと見つめる、おふみさん。やがて日傘を掲げ、振り続ける。いま、運命の赤い糸が結ばれたぁてか?粋な別れで〆める。船は出てゆく、煙は残る。残る煙が、シャクの種デデン、デン。

さて、寅とふみの“運命の糸”はいかに?

⛴️リンク/豊島、こんなところ。「Toyoshima Island」https://maps.app.goo.gl/ih4VfsHHjn9gAvuS7

 

浪花描写パートも情緒タップリ

「♪ひとりでぇ~生きてくなんて でぇ~きないとぉ~泣いてすがれば ネオンがぁ ネオンがぁ しみるぅ~♪」大阪の(古め、いや、大御所)松竹お笑い芸人が多数登場する。大阪の新世界パートでは、お約束の「お笑い展開」始まります!

 

寅さんは一目惚れしたふみさんを求め『新世界ホテル(恵比寿東3丁目あたり、通天閣南通りのどっか筋を西入る)』に長逗留する。宿賃(一週間も!)まで、きっちり溜め込んでいるヤバめ状況からスタート!何時もながら状況設定、相当無理あるよなぁ…

通天閣、新世界周辺地図(Googleマップ)

この新世界の一帯は、昔からデンジャラスゾーンで有名でした!が、しか~し。近年は大阪万博も控え再開発が続いている。旧来の面影とイマージュはかなり違ってきましたね。でも、ジャンジャン横丁は、まだ愉しいよね、その南側もさぁ・・㊙ダヨ。

笑福亭松鶴芦屋雁之助」お笑いツートップ。そして「初音礼子(元タカラジェンヌ)」のオカン役がマジで良き演技を魅せます。大阪オカンの特徴が良く出ていますからね。このままラストまで、新世界辺りで引っ張って欲しい位だ。それだと松竹新喜劇になるやん、そりゃあかんな。

ワテもでてまっせぇ!

(※松竹新喜劇はご存知、藤山寛美が座長をつとめた人情喜劇団。ホームグランドは道頓堀中座で、無休ロングランで一世風靡しました)

渥美さんはゲストと絡みずらい感じか?いや、諸先輩方に遠慮しているダケかも。喜劇界は色々ある罠。その訳とは・・・松鶴師匠は、言わずと知れた上方落語、四天王のひとり。芦屋雁之助は「裸の大将放浪記山下清役で一世風靡した立役者。どちらも関西お笑い界の重鎮、なのに端役扱い・・現場はヤバみ、怖!

 

寅&ふみ石切さんでミラクル再会!

 

寅さん、石切さん参道でバイネタ『愛の水中花』(不発ギャグ)しかし、まったく売れないようだ。「ダメだ、ダメだぁ」と嘆いている、そやろな。

石切劔箭神社。創建は三世紀の崇神天皇の時代、祭神は「饒速日尊」と「可美真手命」の二柱。デンボ(出来物)の神様で有名。参道には薬屋や占い屋、骨董品店などが並ぶ。ひやかし眺めるのが楽しい。
▷/https://maps.app.goo.gl/zM9mcBsEDHenUcb6A

石切劔箭神社絵馬堂、バイは門の向こうで

そしてふと、対面の「占いクジ屋」をみると。何と「かしまし娘」がいる!(ウチら陽気なかしまし娘ぇ、誰が言ったか知らないがぁ、オンナ三人寄ったらぁ、かしましぃとは愉快だねぇ~というテーマソングでお馴染み。歌江、照枝、花江の三姉妹トリオ。松竹芸能所属)・・いや、芸者三人組だった。

芸者花「姐さん、引いてみいひん?」

芸者照「アホくさぁー、何を占うんねんな?」

芸者花「決まってるがなっ。エエ男に逢えるか、どうかやがな」

おふみ「フフッ」

芸者花「ねぇ、ちょうだい」

おやじ「へぇ、何年だっか?」

芸者照「この子、タヌキや!」 鉄板ギャグ!

おふみさんがクジ引くと「待ち人あらわる」ふと、自分を見つめる寅さんに気付く。

おふみ「兄さんっ!いつかの・・」つつと駆け寄る。

寅さん「おふみさん・・って、いったな!」びっくり嬉しい再会。

〈名シーン!続きます〉

はいっ、ミラクル再会!きましたよ。この後、二人の出逢いを祝して四人で飲みに出掛けます。おあいそ時に寅さんは、自分の財布をふみさんへポンと預けるのです。こりゃ粋な兄さんですね。このことの意味は、ふみさんは「女房扱い」というワケですよ。もちろん、寅さんの財布では(いつもながら)支払いには足らない、だよね。ふみさんは、背を向け自分で精算をサッと済ませる。なので財布を寅さんには返せなかった。これは、“恥をかかせないための配慮”ですね。

(もう~寅さんに10万位、貸してあげたいよ。もちろん、トイチで!←それ萬田金融やがな)

新世界ホテルにタクシーで戻って来た、寅さんとおふみさん。少し酔っている。預かりぱなしだった寅さんの財布にふと気づくシーン。

寅さん「こんなもんで、足りたのか?」

おふみ「あ、そうやこれぇお財布」

寅さん「こんなもんで、足りたのか?」

おふみ「へぇ、じゅうぶん!」 大嘘。

寅さんは受け取った財布から数枚サッと抜き、ふみさんにチップを渡そうとする。すっかりお馴染み「五百円札」などではなく「千円札数枚(推定)」だった!ひぇぇヤルやん、寅やん。

友達同士でチップって、おかしいのとちゃう

おふみ「なにっ、これ?」

ふみさんは、友達同士でチップって、おかしいのちゃうかと。財布取り上げ、手にしたお札を挟み寅さんに突き返す!

寅さん「そりゃ、そうだ・・」

おふみ「二度とこんなことしたら、もうつき合わんからっ!」

寅さん「わかったよ。オレが悪かった・・」

まるで、イタズラした小学生みたいなションボリ顔になる、寅さん。この顔いいな。

寅さん「わかったよ・・オレが悪かった」

寅の手紙(ナレ)「さくら元気か?オレはいま、大阪で暮らしている。住み着いてみりゃ、大阪はいいところだ。人情は篤いし、食べ物は美味い。この土地は、オレの性に合っているらしい・・」そりゃ、そーだ。何故ならおふみさん♡が大阪で、すぐ側にいるんだからね。もちろんとらやの面々には、女絡みがバレバレだった。ハハッ

ふみさん「きょうは・・楽しかったっ♡」

ふみさんの和装に注目。着物柄が「青海波(せいがいは)」その意味。大海に無限に広がる波文様。「未来永劫続く幸せ」の願いと「人々の安寧な暮らし」への願いが込められた縁起柄です。乙姫に相応しい紋様だよ。今迄寅さんが嫌いなモノ。飛行機や鰻と並び、「大阪」があった。この回で偏見解消されたのは、ひとえに「ふみさんの功労」によるものデス。

 

ついに初デートにこぎつけた!

 

もうこれ本格デートだよね!生駒聖天の参道を昇っていく、寅さんとふみさん。でも階段が辛そうだ。

「ドーンと参道があってね」帝釈天自慢する寅さん

おふみ「(とらやは)いつ頃、建てたん?」

寅さん「あぁ~アレはねぇ・・奈良時代かな?そこに古びた夫婦がいるんだけど。あの二人も、奈良時代からいるんじゃねぇかなぁ、きっと・・・」絶好調なホラ話を披露する、寅さん!セリフになぜ“奈良時代”が出てくるのか?それは「大阪→奈良」へと、空間移動したことを示している。

近鉄宝山寺線。ケーブルカーは、大正7年8月、日本初の登山鉄道「生駒鋼索鉄道」として開通。「イヌネコ車両」いまでは「ファンキーデコ車輌」でインスタ人気を集めています!

わりとキツめ階段が続く宝山寺参道
リンク/宝山寺 絵馬堂

宝山寺は「生駒聖天」や「生駒の聖天さん」とも呼ばれ、「商売の神様」を祀る日本三大聖天のひとつとされる。なので“現世利益を求める人々”の古刹として、門前町も含め古くより栄えてきた。鎮守神歓喜天」が祀られています。

生駒の聖天さんは、商売の神様

▷/https://maps.app.goo.gl/snvDGMaXWV4cttdf8

歓喜天とは?

歓喜自在天は、仏教の守護神。ヒンドゥー教のガネシャ同様に、象頭を持つ「雌雄♡合体の図」とされる。ワタシは、歓喜天立像を「高野山霊宝館」で、ガネシャ像の方は、「白浜美術館」で見た。いずれも和歌山だね。象頭の二体で相撲取ってンだか、マグわってるンだかのポーズだ。だけどさこれで何故、仏教の守護ができるのか。とても不思議だぁ?

続きまして、大阪ロケについて。

大阪での野外ロケ変ぢゃね?問題

まずは「天王寺新世界通天閣、ババァーン!」これは、まあ納得かな。「ミナミ、宗右衛門町をチョロだし」まぁ、そーだろ。「東大阪石切劔箭神社」なかなか、風情あります。「生駒聖天」ありゃりゃ、もうこれ越境奈良県やで。そか古き良き「生駒新地」の方かな。 そして、続く「安治川沿いの運送会社」に至っては「えっ?そんなとこ、ロケに使うのか」となる。まぁ、地元感覚ではそうだ。空気感が淀み絵面も良くないし。でも、ワザと選んだハズだよ。

いまも名残りある運送会社のロケ地

上映当時「この場所に“拘る意味”は、一体何だろうか・・?」と思い彷徨い探ってみたが、やはりなにも無い。いやいや、そんな訳なかろうよ。理由はきっと何かある!例えば「そんなに大阪の街が嫌いだったか、山田監督(てな、噂がありました)」。いや、これ実話。大阪繁華街などで、下手にロケするとですねぇ・・すぐ黒山の人だかりになり「アホ丸出し野郎」が押し掛ける、見切れたり、さらには叫ぶ!むちゃくちゃでござりまするがな、ホント!繊細な映画監督が忌み嫌うのも、無理はないかなぁと、想ふ。

 

ふみさん生き別れ弟探しの巻

 

さて、ふみさんに生き別れた弟がいることを、突然知った寅さん。急転直下、「弟探しの旅」へと早変わりする、不思議な展開へ。

寅さん「両親が早く亡くなって、おばあちゃんがこの間死んで一人っきりになったって、そう言ってたじゃねえかぁ?」

おふみ「母さんが家を出る時、ちっちゃい弟を連れてっいったんよ・・」

寅さん「弟がいたのか・・」

唐突な姉弟話に面食らうね。寅さんの脳裏に思い浮かぶのは、自分の生き別れの母親お菊さんか?それとも妹のさくらか?しかし、おふみさんの“家庭は複雑過ぎ”て、ボンヤリ観ていると理解不能になります。まず、ふみさんには両親がいて、姉弟兄弟だった。同じ家に婆さん、おそらく昔、爺ちゃんも健在だったか?ところが亭主の浮気かなんかで、離婚となり母親は子を連れ、婚家を出てゆく。でも、「五つ六つの小さい弟だけ連れて行く」というのは、コレは不可解なはなしとなる。では、ふみさんは“不都合な子供”なのかな・・?

寅さん「あたりめぇだよっ、思い立ったら吉日、すぐ行こう。早くっ!ほらっ!」はい“ウル寅スイッチ”がパチンと入る。これぞ歓喜天のなせる技(知らんけど)生駒ヤマを登ったら、何と映画の「ヤマ場」へ突入?!押っ取り刀で駆けつける二人!目指す住所は「大阪市港区波除6丁目2、山下運輸株式会社」である。タクシーに飛び乗り、安治川沿いをひた走ります。急展開話は、ココで折り返しとなる。

▽寅さんたちは“隠世”に踏み込みます。

minminzemi81.hatenablog.com

 

寅さん「理想の恋愛像」とは?あたぼうよ🐯💕

 

🎬 第3作「男はつらいよ フーテンの寅」のお見合い時には、言いたい放題。この時の相手は「お駒さん(春川ますみ)」だった。

亭主に逃げられ見合いの席でヤケ酒

ꉂꉂ🐯「女ってのは少し苦労したほうが、いい嫁になるっていうからな・・」とか、「亭主が帰ってくる。風呂が先か酒が先か。スッとツラ見て判かるようじゃなきゃ、駄目だよ。ねぇー」ひどいね。現実味がまるでないことを言い放つ。

 

🎬 更には、第32作「口笛を吹く寅次郎」では、柴又堤防で、恋愛について語り合う寅と源ちゃん。恋のお相手は、お寺の娘 朋子(竹下景子)さんだった。

朋子「寅さん!ちょっと・・」いい感じ

源ちゃん「・・でも兄貴、愛があれば何とかなるんやないかぁ?」
ꉂꉂ🐯「それは若者の考えることだ!俺ぐらいに“分別が出てくる”と、そうは簡単にいかない」・・いまだ学習が出来ていないぞぉ。

 

🎬 そして本作、第27作「浪花の恋の寅次郎」では、ようやく“その理想に近い”相手「おふみさん」が見つかり・・だが、上手く逝きそうになると、突然テンパり逃げ腰、スタコラ敵前逃亡までやらかす!?

寅さん「汚ぇトコだけどアガってくか?」

ꉂꉂ🐯「男ってものはな、引き際が肝心よっ!」

喜介「わかりまへんなぁ。そないカッコばっかりつけてたら、オナゴはんはモノにならんでぇ」と別れ際、喜介にチクリと釘刺されるが、てんで真面目に聴いてはいない。

そして48作になっても、またぞろ同じこと言って、リリーに罵倒されている。

リリー「悪いよっ!馬鹿にしかみえないよっ!そんなのは。自分じゃカッコイイつもりだろうけど、要するに卑怯なの。意気地が無いの、気が小さいの、体裁ばっかり考えてるエゴイストで、口ほどにもない臆病もんで、ツッ転ばしのグニャチンで、トンチキチンのオタンコナスって、言うんだよっ!」ダメだこりゃ。一般的な恋愛や結婚はダメダメ、特殊形態(同棲やら事実婚など)も、相当無理がある。口先では「世帯を持つ」などと言うが、本心では全くそれを望んではいない「謎の🐯寅イズム」。

○山田監督は、寅さんの恋愛の有り様を「永遠の思春期」と表現したが。ワタシは思った。寅さんは「永遠の成長障害者(ADHD)」なんだと!確かにそんなヒトは沢山いるからなぁ・・それな。

 

(8000文字、Please enjoy “Tora-san's” movie!)  お題「ゆっくり見たい映画」

サマレン「潮」、今春に「和歌山観光大使」に就任したんやでぇ記念!【推しアニメ作品】

わぁ~オメデトさん👏パチ!👏パチ!

サマータイムレンダ」観光大使就任ポスター

アニオタ共よ「いまごろか~い!」というなかれ。日頃、ゆるヌルな和歌山市行政にしては「良うやったやん!」評価すべきだろう案件。

慎平&澪が雨宿り「キシモトのパン屋さん」“揚げパン”名物。

観光大使に「サマレンの潮」が就任したのだからさ。さぞや地元では大騒ぎィ~♪例えば聖地巡礼。アニオタがワサワサ押し寄せ・・いやぁ「どーなん?そーなん?どやさ?」そーでもないのだ。

噂を聴いた慎平が尋ねた「小嶋一商店」“よむぎ餅”名物。

そうか~ポン!きっとアレだ、コロナで「自粛規制が全国規模」でかかってるのだろうさ。チゲねぇぇ・・てな訳で。

謎の“アイパッチおいやん”が去っていった道。この先は・・

あえてサクッと(あまりコマいと差し障り)紹介しちゃらぁ!

加太小学校プール裏、合言葉はメソポタミア文明

サマレン舞台背景は、加太にほとんどある。

日都神社のモデルは言わずと知れた淡島さん

サクッと、サクッと・・にゃー🐱

友ヶ島汽船、島に渡るにはこの船

故郷へ帰ってきたのは二年ぶり



🌞✨ サマータイムレンダ 🌻🐚

 

~あらすじ~

(和歌山県HPよりリライト)

 

▷リンク/🎶「星が泳ぐ」

https://youtu.be/icLOdUKFW8Q

紀淡海峡沖合にある日都ヶ島(友ヶ島)

「潮が死んだ・・」😱

幼馴染小舟潮の訃報を聞いた網代慎平が2年ぶりに、故郷である和歌山市の日都ヶ島(ひとがしま)に帰ってきた。

故郷に帰ってきた慎平が、桟橋に佇んでいると・・

家族や友人達との再会。滞りなく行われていく葬儀。しかし、親友の菱形窓(医者の息子)が「潮の死には不審点(吉川線)があり、絞殺の可能性がある」と慎平に告げた!

潮の葬儀は神式。島の人々が集う

翌日、近隣の一家(コバマート)が突如として全員消えてしまう事件が発生する。慎平はそこで「ある不吉な噂」を耳にする。どうやら背後に見え隠れするのは、日都ヶ島に昔から伝わる、風土病「影の病」と「影」の存在。

日に焼けた澪ちゃんがカワイイ~♪

「自分そっくりな“影”を見た者は死ぬ。そして影に殺されるっ!」さらに潮の妹、澪が「お姉ちゃんが亡くなった3日前、影を見た!」と言いだした。

友ヶ島と加太が渾然一体化する不思議まち

謎の解明のため、日都神社を訪れた慎平と澪は、そこでミオの影にばったり出会い、慎平と澪は頭を撃ち抜かれてしまう・・

次の瞬間、突然タイムリープする!

何度もこの道を登ることになる・・

🕐時をかけるSFサスペンスがいま、幕を開ける!デデン、デン♪

 

🌴👙 登場人物 🍧🍉

 

網代 慎平(しんぺい)主人公

幼馴染である小舟潮の葬儀に参列するため、2年ぶりに故郷の日都ヶ島へ戻ってきた17歳の青年。幼い頃に両親を喪い小舟家で育った。なので潮や澪とは家族同然。状況を「俯瞰」しようとする癖がある。

▽小舟 潮(うしお)ヒロイン

フランス人である父(アラン)譲りの金髪が印象的な日都ヶ島に住む17歳の少女。海で溺れたしおりを助けようとして、海難事故で命を落とす。幼馴染、慎平のことが好きだが、想いは伝えられていない・・

▽小舟 澪(みお)

潮の実妹で高校1年生。運動が得意で水泳部に所属しており、肌は浅黒く日焼けしている。姉が亡くなったにも関わらず、帰ってきた慎平に対して明るく振る舞うなど、健気な一面を持つ。

○小舟 アラン

レストラン「洋食コフネ」を経営する、フランス人。日本人琴子との間に、潮と澪をもうけた。両親を亡くした慎平を里親として面倒をみる。

 

○菱形 窓(そう)

慎平の幼馴染で親友の17歳の青年。日都ヶ島唯一の病院「菱形医院」の長男。正義感強く、潮の海難事故の現場に居合わせたが、防げなかった。澪に2回告白、フラれている。3度目の正直・・?

 

○菱形 朱鷺子(ときこ)

窓の実妹で高校1年生。頭脳明晰で成績は学年トップだが、体が弱く運動は苦手。澪とは幼馴染で仲が良く、同じ高校へ通うクラスメイト。

サマレン、キービジュアル

○南方 ひづる

スーツと眼鏡と長い黒髪が印象的な巨乳女性。主人公の慎平とフェリーで劇的な出逢方をする。とある目的で14年ぶりに島を訪れた。

 

○南方 竜之介

ひづるの実弟。14年前に日都ヶ島で起きた、とある事件の被害者。姉のひづると顔がそっくりで、準一卵性双生児の関係となる。

 

○小早川 しおり

日都ヶ島小学校3年生。両親は「コバマート」という店を経営。夏休みの海水浴中、溺れたが助けられる。なぜかそれ以降、口がきけなくなる。

 

🙄「澪」と「汐見のおばやん」和歌山弁パーペキ!

 

▷『サマータイムレンダ』少年ジャンプ+(全13巻完結)2021年2月まで連載された。累計で1億3,000万。作者は田中 靖規(たなか やすのり)もと「荒木飛呂彦ジョジョ」のアシストしていたらしい。

タイトルは『コンピューターがCG描写するレンダリングのように、夏の時間を慎平が見ているという意味で名付けました』とのこと。和歌山市の出身なので、漫画での和歌山(紀北)弁は、“正しくネイティブ表現”されている。エラい!

アニメの方は、声優がアレな・・まぁ、致し方なし。今後、実写映画化される(Maybe)とやねぇ・・色々な“コトが差し障る”ような気がスルメ🦑

びっくりしたぞっ、鉛筆描写な!

▽リンク/「サマータイムレンダ」PV、2クール入りしました。観ちゃってなぁー!

youtu.be

〈おまけ案内①〉

地元フリーペーパーで特集組まれる。

f:id:minminzemi81:20220807233010j:image

〈おまけ案内②〉

グリーンソフト(コラボパッケージ)販売。

「玉林園」がアニメ「サマレンコラボ」を始めた!

〈おまけ案内③〉

桟橋をズンズン真っ直ぐ進むと⁡、⁡⁡サマレンのウシオがお出迎え。⁡⁡

「ちゃんと私のこと、見つけてよ!」

〈おまけ案内④〉⁡⁡

どやさ~実は、案内所は・・

凸村 哲巡査の派出所は、友ヶ島にあるよ!

〈おまけ案内⑤〉

推し案件、第二砲台跡では・・

「しおりち~ゃ~ん!!」

▽そうそう、宜しければ友ヶ島記事もどうぞ。

minminzemi81.hatenablog.com

和歌山県公式サイト「サマータイムレンダ」

www.wakayama-kanko.or.jp

(2400文字、thank you for reading.be happy!) 今週のお題「SFといえば」

絶好調『古語、オマンですよぉの時間』がやってまいりました!🎉【方言指導】

まぁ、チットややこしよってな、興味ある人だけ読んでね!なんチューか、ほんチューか・・

「何かムズいこと、ゆーてらョ~」

はい『古語、オマンですよぉの時間』がやってまいりました!笑えヨ☆

🎉٩😆わ~👏パチ!👏パチ!👏パチ!

 

ちょっとかい前やで。SNSにて「ナデ、おまんがダメなんよぅ?」というカキコがあり。ワタシも“チョロっとダケ憤慨”した。なのでぇ“誇り高き和歌山県人”のため、あえて言及をスルメ♪

わかやまゆーたら『友ヶ島』しやろ!

はい。『ベーシック和歌山弁講座「おまん」の真実とは、如何に?』さてさて。まず始めにお断りしますが、“おまん”は別に和歌山人の専売特許ではな~い!これ「関西の古式ゆかしい、歴史ある土地」で使われた“雅言葉”なのだ。まぁ、京都の一部でも、つこてますやんかいさ。

んで、思うに、たぶん“賢きあたりからの言葉の伝播”ではなかったか?仮説「熊野詣でにより伝わった!」🤔ワイは、色々と考察した結果な、そう確信したンやでぇ~まぁ、別に言語学者チャウけども・・(⬇考察詳細は下のブログをみやれ)

わかやまゆーたら『柿に蜜柑』しやで!

旧い紀州弁にはその時々“時代に即した言葉”が使われていた。そして現地にて保存される。目上相手を指し示す「御前(おまんとかごぜん)」がある。もしくは「おまはん=お前様」とも呼ばれる。この「御前」は時代劇でもお馴染みの用語だ。

この「御前=ごぜん」は、上位者を呼ばわる代名詞で、また「お上」というのも同じ感じ。日本には、「目上の人の本名を呼ぶコトは長い間禁忌」とされてきた文化がある。“卑弥呼の時代”から続く奇妙な風習だよね。🤔そうそやねんな。

わかやまゆーたら『和歌山城』そいや!

標準語では「御前」と云う言葉は、一般用法ではない。「おまん、おまはん、おまえ」の言葉使いしても、他県の出身者(どうせ田舎モンやろが?)共から和歌山県人がアレコレ揶揄される覚えは、🤞これっぽっちもな~い!!💢

和歌山は常に「文化先取県」なんだからさ、胸張って県民よ呼べよ叫べよ!さぁさぁ Repeat after me!

「おま~ぁ~ぁ~ん!!!」 ~以上、で御座る。

わかやまゆーたら『満幸商店』やろが!

もし、オマンこれ間違ってたら“お目こ干し”を!

「分かるかな?解っかんねぇだろ~なぁ」爆。

これにて和歌山弁講座『おまん』考 (芳ばしいで)。  ~おしまい~

▽この記事、「ワイもまんざら阿呆やなかった👍✨」と思える出来映え!?どやさどやさ!

minminzemi81.hatenablog.com

○🎶推奨曲『WAKAYAMA CM song 』

WAKAYAMA CM song - YouTube

○📻 推奨ラジオ番組/どちらもバナナFM

(87.7mhz、和歌山市塩屋5-5)

①▷『和歌山弁 ラジオ第一』

「あんにゃら、えぇかえ?ほや、手ぇ~を前から真ぁ上まであげて、おっきに背ぇ伸ばすぅいごきからやでぇ~!」😂こりゃキツいでな。

②▷いぐっちゃんの『朝の和歌山弁講座』

「みてみなそぅ~あのじゅうよぅ」🤣たまらんわん

(1300文字、thank you for reading.be happy!)