minminzemi+81's blog

あがら おもしゃいやしてぇ~ よう~ ゆわよ のし

日航123便 ジャンボ機事故。東京航空交通管制部の管制官の証言 息詰まる会話記録【航空機 事故5】

f:id:minminzemi81:20190913030129j:plain

(注☆いまから九年前の朝日デジタルの記事です。一部追加、リライト加えています)

 

西日本のとある空港で、管制官の男性が語り始めた

 

「夏になると当時に引き戻されるんですよ(日本航空のジャンボ機の)墜落直前にヘッドホンを通じて耳に届いた、パイロットの『ああ~っ』という悲鳴のような声が忘れられない」西日本のある空港で、男性(54)は言葉を選び語り出した。

(※低音で安心感ある美声をしている方です。なので、とても聴きとりやすい)

f:id:minminzemi81:20190827014750j:plain

羽田空港を飛び立つ123便

25年(34年)前の夏。

東京航空交通管制部(埼玉県所沢市、東京コントロール)の管制官として、上空の航空機と交信していた。8月12日も普段と変わらない一日だった。

当時29歳。管制官になって8年目だった。

f:id:minminzemi81:20190816231319p:plain

123便飛行ルート

先輩管制官らと「関東南セクター」という空域を担当する勤務に夕方からつき、管制卓に着席した。羽田への到着便が増える時間帯。

「そろそろ忙しくなるぞ」と、思った矢先だった。

 

▷午後6時24分47秒、地図赤丸

 

「ブーーッ!」

管制室内にブザー音が鳴り響く。レーダー画面の「日航123便」の機影に、緊急事態(エマージェンシー)を示す「E.M.G」の文字が点滅し始めた。

乗客と乗員計524人。午後6時12分に東京羽田空港を離陸し、大阪伊丹空港に向かっている「ボーイング747型機」だった。部屋の隅から上司が近づいてきた。

 

▷午後6時25分21秒

 

日航123便、トラブル発生。羽田への帰還を求める。2万2千フィート(高度約6,700メートル)に降下したい」機長の声が、英語でヘッドホンから流れてきた。

「了解」そう答えながら「おかしいな」と感じた。

エンジン出力が低下した客室内の気圧が下がったなどと、普段ならトラブルの中身を伝えてくるはずだが、機長は何も言わない。心が騒いだ。

東京航空交通管制部に「羽田へ戻りたい」と告げた日本航空123便は、旋回することなくふらふらと伊豆半島上空を西に向かっていた。

f:id:minminzemi81:20190902052134p:plain

伊豆大島
▷午後6時27分2秒

 

123便、確認しますが緊急事態を宣言しますね」

「その通り」

「どういった緊急事態ですか」

やはり応答はない。

「とんでもないことが起きているのでは…!?」

 

▷午後6時28分31秒、地図①

 

「レーダー誘導のため90度(東)へ飛んでください」

「しかし、現在アンコントロール(操縦不能)」

衝撃的な言葉だった。

普段はオフのスピーカーがオンになり、123便とのやり取りが管制室中に響いた。

 

▷午後6時31分2秒、地図②

 

「降下できますか」

「今、降下しています」

「名古屋に降りますか」

「いや、羽田に戻りたい」

「何とかしたい」

そう思うと、とっさの呼びかけが口をついた。

「これから日本語で話していただいて結構ですから」

パイロットと管制官とのやり取りは、近くを飛ぶ航空機でも聞き取れるよう通常は英語を使う。

でも今はパイロットの負担を少しでも減らし、事細かにやりとりしたかった。

f:id:minminzemi81:20190902045840j:plain

123便は北に向かう。

すでに隣の空域に移っており、無線の周波数を切り替え別の管制官に移管するところだが、そういう指示はしなかった。

「切り替えたはずみで無線がつながらなくなるかもしれない。そうしたら日航機は命綱がなくなってしまう」

じりじりとしながら画面をにらんだ。

他機が近づかないよう、航路から退ける指示を続けた。

富士山をかすめた123便は、羽田のある北東に向かい始めた。

「戻れるかもしれない」

かすかに期待も芽生えたが、周囲は山。

機体の高度は5分間で一気に3500メートルも下がっていた。

 

▷午後6時47分17秒、地図③

 

「現在コントロールできますか」

「アンコントローラブルです」

もはや管制官はまったく役に立っていなかった。

ヘッドホンから「ああっ」という声も聞こえてきたが、機内で何が起きているのかはわからなかった。

「おれは、どうしたらいいんだ…」

絶望が襲う。その頃、機長らが必死に山を避けて操縦を試みていたことは、後で知った。

 

▷午後6時53分28秒、地図④

 

「えーアンコントロール。ジャパンエア123、アンコントロール

「了解しました」

これが最後の交信になった。

 

絶望感が、東京コントロール管制室を支配した 

 

三分後、糸の切れたタコのように画面上を点滅しながら漂っていた機影が止まった。

その場で十数秒間点滅した機影は突然、消えた。

体に電気のようなしびれが走った。

f:id:minminzemi81:20190830024040p:plain

JAL123 消失点 北緯35度59分、東経138度41分

123便は、高度9700フィート(約2950メートル)速度300nt約560)の表示を残して、東京コントロール(運輸省航空交通管制部)のレーダー画面から消えた。

 

薄暗い管制室は、静まりかえった。

中越しに指示を送っていた上司も、先輩も黙っていた。

30秒ほどして上司に促されて呼びかけてみた。

「ジャパンエア123、ジャパンエア123」

応答はなかった。

 

ヘッドホンを外し席を立った。別室で報告書を書いた。

妻には「いつ帰れるか分からない」と、電話で告げた。

頭の中で何度も交信した「最後の30分」を繰り返していた。

 

守秘義務から、誰にも言えない秘密を抱える 

 

朝方に帰宅して、墜落した機体をテレビで見た。

ショックを気遣った上司に、数日休みを与えられた。

事故原因を調べる国の航空事故調査委員会や警察から、事情を聴かれることはなかった。

 

管制官の仕事を続け最近までいた部署では、事故防止の対策づくりに取り組んできた。

いまは管理職として空港事務所で管制関連業務に携わっている。

だが123便と交信していたことは、家族や一部の同僚しか知らない。

f:id:minminzemi81:20190827015650j:plain

事故から数年後に御巣鷹の尾根に立った。

その後も遺族や報道陣が多い8月を避けて仲間や家族とたびたび登ってきた。

だが尾根へと向かう険しい道のりや事故で傷ついた山肌を見るたび、あの時のつらい思いが呼び起こされた。

無理だったと分かっていても「自分が何とかできなかったか」という思いはぬぐえず、表に出て話す気持ちになれずにいた。

 

事故を風化させないため、いまなら出来ることもあるのでは

 

最近になって「事故を風化させないため、今ならできることもあるのでは」との考えが頭をよぎるようにもなった。

世界各地で飛行機事故が起きるたび、原因は分かっているのか、管制官はどう対応したのかと気になる。管制の現場には御巣鷹の後に生まれた管制官も出てきた。

f:id:minminzemi81:20190827020103j:plain

航空会社の経営はどこも厳しく「安全よりもコスト削減」ばかりが取りざたされるのが気がかりだ。25年前の「あの夏」のことを伝える時期なのかもしれない、と思いはじめている。

 

日航ジャンボ機墜落事故/東京コントロール交信記録、緊迫感ある音声。18時25分21秒 (CAP)『Ah…TOKYO, JAPAN AIR 123, request from immediate e…trouble request return back to HANEDA descend and maintain 220 over.』高濱機長からの突然のリクエストは、異様だった。

youtu.be

<日航123便墜落事故>

1985年8月12日午後6時12分に、羽田空港を離陸した大阪伊丹行きの日本航空ボーイング747型ジャンボ機が、12分後に相模湾上空で操縦不能になり、同56分に群馬県上野村の山中(御巣鷹の尾根)に墜落した。乗客509人と乗員15人のうち乗客4人を除く520人が死亡した。スペイン・カナリア諸島の空港で77年にジャンボ機同士が衝突し、583人が死亡した事故に次ぐ惨事で、単独機の事故としては現在も世界最悪となる。

f:id:minminzemi81:20190815110020j:plain

日航123便ジャンボ機747SR-100
<航空事故調査委員会>

1987年、機体後部の圧力隔壁の亀裂が広がって破壊され、一気に噴き出した客室内の空気が尾翼などを吹き飛ばしたとする調査報告書を公表。この機体は事故の7年前に伊丹でしりもち事故を起こして隔壁を損傷しており、この際にボーイング社が行った修理が不適切だったことが破壊につながったと結論づけた。御巣鷹以降、日本の航空会社は乗客を死亡させる事故を起こしていない。

f:id:minminzemi81:20190907151530p:plain

ご安全に「GOOD LUCK!」

○この曲を、航空関係者に捧ぐ「Save our ship」松任谷由実

youtu.be

日航ジャンボ機墜落事故、「落合証言」についての記事。前後編あります。

minminzemi81.hatenablog.com

minminzemi81.hatenablog.com

○記事の引用元/朝日新聞社デジタル記事 (2010年8月10日付)

asahi.com(朝日新聞社):墜落前の悲鳴「今も耳に」 日航機の管制官、沈黙破る - プレーバック1週間

 

(3600文字、thank you for reading.) <今週のお題> 老いも若きも楽しく研究